25. 夜夕代 登場
★視点★ 櫻小路夜夕代
令和六年、九月四日、水曜日。
目が覚めると、俺は、私になっていた。
キャー、ヤバーい、私だー。やっと私の番が回ってきたー。
ち〜っす。私の名前は、櫻小路夜夕代。大久手市・血の池町にある進学校「県立・血の池高校」に通う高校二年生で〜す。
夜夕代と言う名前は、私のママが付けたの。「どういう意味?」って以前ママに聞いたら、ママったら「意味は無い。字面と語感が可愛いから」って即答すんの。マジうける。我が子の名前を、そんなノリ一発で。でも確かにプリティーな名前。漢字の並びもキュート。私はこの名前がだ~い好き。
枕元で鳴り響く目覚まし時計を解除して、勢いよくベッドから飛び起きる。
昨日の夜に和音が着て寝た糞ダサいスエットとボクサーパンツを脱ぎ捨て、タンスの引き出しからピンクのおブラを取り出し、人格の入れ替わりと同時に膨らむCカップのオッパイを寄せて~上げて~身に着ける。
かわゆいフリルの付いたおパンツも履く。てかさ、股間にある愛雨と和音の共有物。コレ、つくづく邪魔。世の男どもは、よくこんなものを四六時中ぶら下げて平気で生活が出来るなあと関心する。次に自分が体を使う時は、シレッと消えて無くなっていないかなあ。
ん? 口の中に違和感。壁に立てかけてある姿見鏡に向かって大きく口を開けて中を覗く。ホッペの内側が切れている。腫ほんのり血の味。患部を確認した途端に痛い。
「チキショー。和音め。また喧嘩しやがったな。膝の擦り傷もまだ治ってないのにい。あんにゃろ。翌日に体を使用するのが、十七歳の女子高生だってことマジ分かってんのお? あのバカ。アホ。スカポンタン」
ブツブツ文句を言い、制服を着る。それから、薄暗い部屋の姿見鏡の前で正座をして、ウエットティッシュで目ヤニとヨダレを拭き取り、ママから貰った銀色のポーチの中にギュウギュウに詰め込んであるコスメを床に広げ、ブロンドヘア―の愛くるしい自分にメイクを施す。
この体は、私へと人格が入れ替わる瞬間、ゴツゴツした男性の体から、しなやかな女体に激変する。胸が膨らみ、腰がくびれ、お尻が丸みを帯びる。ついでに、髪の毛が艶のある美しい金髪に変化をする。
ただやっぱりね、悲しいかな、顔の端々に野郎どもの面影が残るのよ。鼻の下に薄っすらとヒゲが生えている時とかあるし、ニキビもほったらかしだし。マジ最悪。
だから、ファンデーションやリップやアイシャドーで入念にメイクをするの。私の生活は、自分を「女」に仕上げることから始まる。女として完成をするまではこの部屋から一歩も出ない。
私は、女。心の扉を叩いて「あなたは、男ですか、女ですか?」と尋ねると、いつだって部屋の中から「もち、女っしょ」という声がする。
あ、ちなみに、私の心の部屋には、アレクサンドラと言う名前のスペイン人女性が住んでいるんだけどね。彼女はいつも軽快なカルメンを踊り――
♪ セニョリータ あなたは もち女っしょ
♪ 誰が何と言おうと 世間がどう見ようと
♪ セニョリータ あなたは もち女っしょ
♪ 喉仏は立派だけれど 股間に邪魔なの付いているけど
♪ セニョリータ あなたは もち女っしょ
♪ オッパイあるし Cカップだし
――と、陽気歌い、私を励ましてくれるのん。
メイクが仕上がる。立ち上がり、姿見鏡の前でファッション雑誌のモデルさんのようなポーズを決めてみる。うん、バッチリ。私ったら、今日も激カワ。せっかくだから、あと3パターンほどポーズを決めてニヤニヤする。
準備オッケー。さあ、いよいよ、夜夕代ちゃんの一日が始まるぞ~。昨晩和音が閉めた部屋のカーテンを全開にする。
吹き付ける風。土砂降りの雨。うわ~、マジっすか。ちょー最悪。こんな日に学校行くの嫌だな……。ところが、私が心中でそう愚痴った同じタイミングで口からこんな言葉が零れた。
「雨ふらばふれ 風ふかば吹け 気にしない気にしない」
え、なに、このセリフ?
はは~ん、おおかた和音あたりが直近で仕入れた知識だわ。私たち三人は、オツムの出来に個人差はあるけれど、誰かが記憶した知識や情報はある程度共有することが出来る。誰の名言か知らないけれど、なかなか素敵な言葉だわ。今度は、さっきより大きな声でしっかりと発声してみる。
「雨ふらばふれ 風ふかば吹け 気にしない気にしない」
不思議~ん、心が晴れる~ん。
「夜夕代~。朝御飯が出来たわよ~」
あ、ママが、台所から私を呼んでいる。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている