23. 優等生の尾崎地図子がどうも苦手
★視点★ 櫻小路和音
「おばちゃん。焼きそばパンひとつ。違う違う。小さいほう。百十円のやつだよ」
学校に到着するのは、いつも昼休憩の時間。俺は校内の売店に直行して、自分の昼飯を買う。
(ねえ、ちょっと)
手持ちの五百円から猫の缶詰と三休和尚のオニギリを買った残金なので、いつも小さなパンをひとつしか買えない。
(ねえ、ちょっと)
正直、腹が減って仕方がねえが、まあ、自分が好きでやっている事なので、誰かを逆恨みするわけにもいかず、腹の虫の音を黙って聴いている日々ってわけさ。
「ねえ、ちょっと。おい、こら、和音。さっきから私が話しかけているでしょう。なんで無視するわけ」
背中のあたりが何やらガチャガチャうるさいことに気が付いて振り向く。おや、クラスメイトの尾崎地図子が憤怒の形相で俺を睨んでいる。
「あ?」
「あ? じゃないわよ。平然と私の前に横入りをして、堂々と焼きそばパン買ってんじゃないわよ。私、並んでいるの。みんな、並んでいるの。あんたも並んで買いなさい」
地図子の後方を見ると、生徒が十数名、売店の前でたむろしている。
「こいつらは何を買うか悩んでいる連中だろ? 俺はもう決まっているから。百十円の焼きそばパン、一択だから」
「違うわーい。たむろしているようだけれど、これはちゃんと列を成しているの。みんな自分の順番が来るのを待っているの。さあ、和音、すみやかに手にした焼きそばパンを売店のおばちゃんに返却し、列の最後尾に並び直しなさい」
「何でだよ。わぁ〜たよ。次からちゃんと並んで買うからよ。今日のところは見逃してくれ。な?」
「駄目です。直ちに最後尾へ行きなさい」
「あ~もう、いつも俺の顔を見るなりガミガミガミガミ。てめえは俺の保護者か」
結局俺は、地図子に幼児のように手を引かれて列の最後尾に回り、奥歯がへし折れるほどの歯噛みをして売店の列に並んで焼きぞばパンを買った。
「おーい、和音~」
渡り廊下で、秋風に吹かれながら一人焼きそばパンを頬張っていると、あの女が二階の踊り場から駆けてくる。
「おいおい、今度は何だあ。お説教は聞き飽きたぜ。てめえはもう俺に構うな。頼むからどっか行け」
「聞いてよ。昨日愛雨が誰かにイタズラをされたの」
こちらの苦言など素知らぬ顔で、地図子が要件を切り出す。
「イタズラ?」
「うん、背中に悪質な張り紙をされたのよ。ほら、これが証拠写真。マジ許せない。ねえ、和音、犯人を見つけ出して、とっちめてやってよ」
地図子がスマートフォンで撮影した画像を見せてくる。縦長の端末には、張り紙を片手に泣きそうなツラをしてカメラ目線の愛雨。ふん。相変わらず負け犬臭ぷんぷんたる野郎だぜ。
「アホか。な~んで俺が愛雨のために犯人捜しをせにゃならんの? そういうことは春夏冬に頼め」
「それが、春夏冬くんは、空手道場の遠征合宿で、明日まで学校に来ないの」
「マジ? そんなこと俺は聞いてないぜ? チクショ~、あの野郎~。今日は久しぶりに寸止めなしのマジ喧嘩を申し込むつもりだったのに」
「ねえ、和音。愛雨のかたき討ってよ。同じ体をシェアする者同士じゃない。ね。お願い。この通り」
地図子が俺に両手を合わせる。何だかなあ。こいつは、もともと正義感の強い女だが、愛雨のこととなると、変にむきになる。
「知らねーよ、俺は」
「犯人の目星はおおよそついているわ。同じクラスの蛇蛇野夢雄よ」
「へ~。それがどうした。知ったこっちゃねえよ、俺は」
「お願い。蛇蛇野のやつを問い詰めてやって」
「知らね~ってば」
「いつもありがとう。頼りにしてる。それじゃあ、私は選挙管理委員の打ち合わせがあるから行くね」
「てめえは、人の話を聞いてんのか。俺は一切かかわらねえって――おい! 待て! 待てってば!」
一方的に言いたいことだけを矢継ぎ早に言い放ち、尾崎地図子は、渡り廊下の果てに消えて行った。
【登場人物】
櫻小路和音 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている
尾崎地図子 クラスメイト 優等生