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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
俺は、和音
22/117

22. 有漏路より 無漏路へ帰る 一休み

★視点★ 櫻小路和音さくらこうじわをん

 のんびり。ゆるゆる。のほほん。俺と三休和尚と野良猫は、曇天模様の空の下、昼時まで何をするでもなく時間を潰す。 

「若僧よ。本当にいつもありがとさん。わしは、その昔交流のあった檀家さんが時々物資を調達してくれるからこうして生きながらえておるが、それとは別に、三日に一度コンビニのオニギリを食べるのが、とても楽しみなのじゃよ」

「気にしねえでくれ。自分がやりたいことを勝手にしているだけだから。それに、あんたには、こうして猫の世話をしてもらっているしな。それより、和尚、あんた、いい加減に髪を切ったらどうだ? さすがにみっともないぜ」

「おお。わしもそうしたいところじゃが、なにせわしにはその金がない」

 和尚が、頭皮をボリボリと掻きむしる。肩まで伸びた長い髪の毛から、大量のフケが辺りに舞う。

「今度夜夕代にあんたを散髪してもらうようにお願いをしてやるよ。あいつは器用だし、オシャレだから、きっと今流行りの髪型にカットしてくれるぜ」

「夜夕代? 誰じゃそりゃ? 貴様の彼女か? ほ~、そんな地獄の餓鬼のようなツラし腐って、隅には置けんのう」

「アホか。そんなんじゃねえよ」

 三休和尚は、俺がひとつの体をシェアして生きていることを知らない。よほどの必要性がない限り、俺たち三人の関係を安易に他人に伝えるのは、後々弊害にしかならねえから。

 ベンチにでろ~んと伸びゴロゴロと喉を鳴らす猫を、俺は撫でている。

「名前ぐらい付けてやったらどうじゃ?」

「名前?」

「その野良猫のことじゃ。貴様が飼い主みたいなのものではないか。いい加減に名前ぐらい付けてやれ」

「名前なんていらねえ。猫は猫。だから猫。問題なし」

「おい、若僧。そもそも、貴様、名は何と言う? 親しい仲じゃ、ぼちぼち教えてくれてもよかろう?」

「嫌だね。俺、自分の名前が好きじゃねえんだ。言いたくねえ。とは言うものの、和尚に『若僧』と蔑まれるのは、ちょいと癪だがな。まったく口の悪い坊主だせ」

「べつに蔑んでなどおらぬ。逆に貴様を讃えて若僧と呼んでおるのじゃぞ。若僧とは、要するに若き修行僧のこと。貴様には、悟りを求め苦行に励む僧のようなオーラがある。だが、貴様がどうしてもと言うのであれば、呼び方を変えようか? いったいどう呼ばれたい? クソガキ? チンピラ? ロクデナシ?」

「おいおいおい。わ~ったよ。今まで通り、若僧呼ばわりしやがれ」

 俺たちは、笑い合った。それから和尚は、俺の顔をまじまじと見ながらこう言った。

「なあ、若僧。前々から聞こうと思っていたのだが、貴様、ここで出逢う前に、どこかでこのわしと逢っておらぬか? その顔、昔どこかで見たような気がするのだが……う~む、歳は取りたくないのう。さっぱり思い出せんわい」

「はあ? 有り得ねー。あんたは一度逢ったら忘れたくても忘れられねーキャラクターだ。断言する。絶対に逢ってねー。それより、俺も前々から聞こうと思っていたけれど、その三休って名前、変な名前だな。親が付けたのか? 変な親だな」

「バカタレ。これは僧名じゃ。わしは同宗派の一休宗純というお坊様を大変尊敬しておる。頓智の一休さんのモデルになった高僧じゃ。知っておろう? 一休さんは、ひと休み。だが、わしはふた休みも、み休みもしてやるぞ。そんな気持ちを込めて、僧名を『三休』としたのじゃ」

「一休宗純? 知らねーなあ」

「一休さんの作った有名な詩に『有漏路より 無漏路へ帰る 一休み 雨ふらばふれ  風ふかば吹け』というのがある。良き詩じゃろう?」

「難しくて分かんねー。いったいどんな意味だ?」

「人生とは、モノゴトで溢れた世界から、何も無い世界へと向かう帰り道で、休憩をしているようなものだ。雨が降ろうが、風が吹こうが、気にしない気にしない」

「へ~。素晴らしいな」

「お、分かるか? この詩の良さが」

「ああ、良き詩かな」

 そんなこんなで、しばらく和尚の小難しいお説教に耳を傾けていたら、気が付くと、もう昼だった。さてと、ぼちぼち学校へ行くかあ。

【登場人物】


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている


三休和尚さんきゅうおしょう 口の悪いお坊さん

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