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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
俺は、和音
21/117

21. 血の池公園で三休和尚と

★視点★ 櫻小路和音さくらこうじわをん

 今日も、午前中は学校の近くの公園で時間を潰す。

 俺は、特別な予定がない限り、学校へ行くのはいつも午後からだ。別に学校が嫌いってわけじゃねえ。ただ、俺の性格上、授業中に自分の席でじっと座っていられるのは半日が限界なんだ。悪気はねえ。悪気はねえんだが、困ったことに、何時間も惰性で授業を受けていると、ついフラフラと席を離れてしまう。

 例えば――物理の授業中に何やら窓の外が騒がしい――運動場で他のクラスの連中が体育の授業でサッカーをしている――授業は退屈――サッカー観てえ――そう思うと居ても立っても居られなくなり、衝動的に窓際に立ち、サッカーの試合を観戦している。

 例えば――暑い日に、ふと廊下を眺める――教室より廊下のほうがヒンヤリとしていて涼しそう――そう思うと居ても立っても居られなくなり、衝動的に廊下をブラブラと歩いている。

 これは流石に真剣に授業を受けているクラスメイトに迷惑だろう? 同じクラスにこんな身勝手な野郎がいたら、俺だったら問答無用で殴ってやるぜ。

 協調。同調。思いやり。そういった感性は、こう見えてあり過ぎるぐらいある男なのさ、俺は。だからこそ、授業は半日バックレることにしている。重ねて言うが、サボりたいわけじゃねえ。これはみんなのためだ。

 高校のすぐ近くにある「血の池公園」に足を運ぶ。

 ここには、その昔、秀吉と家康が戦った合戦の際に、家康方の家臣である渡辺守綱らが血のついた槍や刀を洗ったという伝説の池があったらしい。その池には「毎年、合戦のあった4月9日になると池の水が真っ赤に染まる」という言い伝えがあり、ゆえに地域の人々は「血の池」と呼んだ。

 その池を埋め立てて整備をしたのがこの「血の池公園」だ。現在は、地域住民の憩いの場になっていて、池の痕跡はどこにもない。

 みゃーん。

 西の入り口から園内に入ると、一匹の野良猫が近づいて来て、俺の足に体を擦りつけて来る。癒し。かわゆし。愛くるし。ここに来る前にコンビニで買っておいた猫の缶詰をカシュっと開けて、猫に与える。

「美味いか、猫。すげー勢いで喰うなあ、猫。そーか、そーか、腹ペコだったか、猫」

 この猫とは、俺がこの公園を初めて訪れた時からの付き合いだ。広場のベンチに寝転んでいたら、どこからともなく現われ、俺の目をじ~っと見詰め、みゃーん、みゃーん、と物欲しそうに鳴きやがる。仕方がねえから、俺は、その日の朝に母ちゃんが作ってくれた弁当を、こいつに与えてやった。ところが、その弁当に猫に食わせてはいけない食材が入って入たらしく、猫は腹を壊し、しばらく調子を崩してしまった。良かれと思って取った行動だったが、軽率だった。すっかり痩せちまって。こいつ、マジで死ぬんじゃねーかと思った。

 俺は、猫に申し訳ない気持ちでいっぱいになり、以降は、何とかして母ちゃんが俺に弁当を作る気が失せるように仕向け、その代わりとして昼飯代の五百円をくれるように仕向け、その金で、猫に缶詰のエサを与えるようにしている。

 猫がエサを食べ始めたら、広いグランドを歩き、園の中央にある藤棚(藤の木の蔓を這わせて、垂れ下がる花を鑑賞できるようにした棚)の下で、テントを張って暮らしている老人を訪ねる。

「お~い、和尚~。三休和尚~。起きろ~。食い物を持ってきたぜ~」

 どこかのゴミ置き場で拾って来たと思われる薄汚れたアウトドア用テントのてっぺんを摘まんで、ワサワサと揺らす。

「お~お~、若僧。待ち兼ねたぞい。わしぁ~、腹が減って死にそうじゃわい」

 すると、埃まみれの袈裟を着たボサボサの有髪僧が、いつものようにテントの中から這い出て来た。

 三休和尚。近所の人の話では、二十年程前からこの公園に勝手に住み着いている僧侶らしい。元々はこの辺りに先祖代々から続く由緒正しい寺の住職だったとか何とか。眉唾眉唾。この品の無い風体、そもそも僧侶ってことすら疑わしいぜ。ただのホームレスじゃねえの?

 三休和尚も、俺がこの公園を初めて訪れた時からの付き合いだ。俺が野良猫に弁当を与えていたら、どこからともなく現われ、こちらを物欲しそうにじ~っと見詰め、今にも虚無僧のようにニャムニャムと念仏を唱え物乞いをしそうな勢いだった。仕方がねえから、俺は、猫に食わせていた弁当の半分を分けてあげた。

 猫にコンビニで買った缶詰のエサを与えるようになってからは、三休和尚にはコンビニのオニギリを買っている。

「ほら、和尚、食べな」

 今日コンビニで買ったオニギリを、三休和尚に手渡す。

「うおおお、ありがとさん、ありがとさん。いつもすまんのう。まったくこの街の連中ときたら、最近は畑でとれたダイコン一本恵んでくれん。ここに住みだした頃は、米やら、ニンジンやら、白菜やら、たくさん恵んでくれたものじゃが。みんな不景気なのかのう」

「不景気もあるけど、農家そのものが減っているんだろう。街を歩いても、田んぼや畑なんて、そうそう見ないぜ」

「この街も、すっかり変わってしまったのう。あ、このオニギリ」

「おうよ。今日もシックスイレブンのシーチキン味だ」

「うおおお、これじゃこれじゃ。このツナマヨネーズの滑らかさが最高なんじゃあああ」

 三休和尚が、ビニールの包装をひきちぎり、オニギリをむさぼり食う。

【登場人物】


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている


三休和尚さんきゅうおしょう 口の悪いお坊さん

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