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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
俺は、和音
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20. 売られた喧嘩は買うタイプ

★視点★ 櫻小路和音さくらこうじわをん

 台所の奥にある洋間から、あの頃とは別人になった母ちゃんの寝息がスース―と聞こえる。相変わらず寝つきだけは良い。俺は、自室に戻り「僕と俺と私のノート」を開く。『愛雨へ 説教するな』と返事を書き、母ちゃんを起こさないように静かに制服に着替えて家を出る。

 県営住宅の敷地を出て、古戦場通りを北へ歩く。

 すると「武蔵塚」と言う史跡を通りかかったところで、俺を待ち伏せしていたと思われる二人の高校生が、史跡の広場から歩道へ駆け下りて来た。

「こいつか?」「ああ、間違いない。後ろで髪を縛っている日は和音だ」「でも、愛雨が髪型を変えたってことはねえか?」「見ろ、あの冷酷な目を。こんな悪魔のような顔をした高校生は櫻小路和音以外にいない」

 血の池高校の制服。二人の顔をよく見ると、そのうちの一人は知った顔だ。三日前に、歩道の物陰から突然足を引っ掻けて俺を転ばし、地面に倒れ伏した俺を指差しながらケラケラとあざ笑った三年生だ。おかげで、ズボンは破れるは、膝は擦り剥くわ――ま、もちろん、その後、容赦なくフルボッコにしてやったが。

「おいおい、誰が悪魔っすか誰が。朝っぱらから人聞きの悪いこと言わんで下さいよ、先輩」

 三年生らが歩道に立ちはだかり、俺の通学と阻む。イラっとした俺は、鼻の頭と頭がくっつく寸前まで、相手に顔を近づけてそう息巻いた。

「おい、和音。この怪我を見やがれ。よくもやってくれたな。今日は俺の友達が、てめえを血祭に上げてくれるぜ。覚悟しろ」

 頬が腫れ、目の上に青タンをつくり、前歯の欠けた三年生が、痛々しく啖呵を切る。

「おい、二年坊主。てめえ、こいつのこと可愛がってくれたらしいじゃねえか。悪いがカタキを取らせてもらうぜ」

 無傷のほうの三年生が、下から舐め上げるように俺を睨む。

「あ? 言いがかりはやめてくださいよ。もとはと言えば、この人が、俺を転ばして」

「うるせえ。てめえは生意気な後輩として、三年の間で悪名が高いんだ。だから俺が懲らしめてやったんだろうが」

「いやいや、笑わせんで下さい。逆に、俺にコテンパンにされたじゃないっすか」

「黙れ、二年坊主」

 痛っ。

 マジかよ。無傷のほうが、そう威嚇するなり俺の左の頬を殴りやがった。口の中が切れた。食道に血が流れて行くのが分かる。十円玉をかじったような味がする。

 まったく勘弁してくれっちゅ~の。現実世界に戻る度に、三年の輩が俺に絡んで来やがる。これで何人目だあ。かれこれ十数人は相手をしているぜえ。俺が何をしたっちゅ~の。存在しているだけで目の敵にされるってどういうこと? ちっ。仕方ねえなあ、手短に済ませるとするか。

「いや~、すみませんね~先輩。このように熱い挑戦状を叩きつけられても、今の俺には、先輩のお相手をしたくても出来ない事情があるっす」

「俺と喧嘩を出来ない事情だと?」

「はい。実は俺、先日そちらの先輩をタコ殴りにした時に、両手の指、合計8本を複雑骨折しちゃいまして。現在粉々になった全ての指に鉄のプレートがギブスとして埋め込まれているっす」

「てめえ、適当な言い訳をして逃げる気か」

「言い訳じゃないっす。ほ~ら、見て下さいよ。この拳の甲のところに鉄のプレートが。ほ~ら、よく見て。薄っすら透けて見えるから」

 両方の拳を、先輩の顔にゆっくりと近づける――「あ~ん、鉄のプレートだあ? どれ?」――と、二人の三年生が、まんまと俺の拳に誘き出された時――

「鉄拳制裁、ボーーーン!」

――怪我だらけの方と、無傷の方、両方の鼻っ柱を同時に殴る。途端に手で鼻を覆ってその場にうずくまる二人。お二人揃って、覆った手の隙間から鼻血が大量に滴り落ちている。

「く、糞ッタレ。卑怯な真似しやがって。てめえ、憶えてろ」

「残念でした。言われた側から忘れます。そもそも、おたく、どちら様~?」

 そう捨て台詞を吐くと、歩道に密集した見物客を押し退け、俺は、その場を後にした。


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている


血の池高校の先輩二人組 和音わをんに喧嘩を売る

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