19. 日替わり交代で体をシェアする?
★視点★ 櫻小路和音
「和音、お腹が空いていないかい? 何か食べる? 在り合わせだけど、今から母ちゃんが、ちゃちゃっと料理を作るよ。ちょっと待ってね」
業多が救急車で運ばれるのを二人で見送った後、母ちゃんは、俺に手料理を振舞ってくれた。狭い台所のテーブルに、目玉焼きとウインナーと白いご飯が並ぶ。今思えば、すんげ~質素な料理だけれど、現実世界で初めて口にした料理は、たまらなくウマかった。つい、ご飯を三杯もおかわりした。
それから母ちゃんは――もともと俺は三つ子として生まれてくる予定だったこと。それが出産の直前に、なぜか俺ともう一人が、忽然とお腹から姿を消したこと。でも、いつかきっと、こうして姿を現してくれる予感がしていたこと――などを俺に告げた。
そして俺も――愛雨が生まれた時から自分は「意識」としてあいつと共に成長をしていたこと。今日まで愛雨の生活をずっと虚空から見ていたこと。愛雨の意識が弱まり俺の意識が強まったタイミングで体を乗っ取り、晴れて現実世界の地を踏むことが出来たこと――などを母ちゃんに告げた。
日暮れのわびしい食卓。十七年間逢えなかった親子が、差し向かいで、ぬるいお茶をすすっている。
「なあ、母ちゃん。今日俺は、半ば強引にこの世界に出て来たわけだけれど、もともとこの体は愛雨のものだから、早いとこ返してやらなくちゃならねえんだよな。でも、どうやってあいつに返せばいいんだ?」
「う~ん」
「て言うか、この体を一度あいつに返したら、俺はもう二度とこの世界に戻れねえのか?」
腕を組んで考え込んでいた母ちゃんが――
「あ、良いことを思いついちゃった!」
――片手でテーブルをパンと叩き、せきをきったように話し始める。
「愛雨の意識が低下したタイミングで入れ替わることが出来たのならば、おまえと愛雨は、恐らく睡眠中に入れ替わることも出来るはず。おまえたちは、母ちゃんのかけがえのない子供。母ちゃんは、和音も愛雨も、どちらも失いたくない。だから、今日からおまえたちは日替わりでその体を使うようにしなさい」
「日替わりで体を使う? 冗談だろう。そんな夢みたいな……」
「夢なんかじゃない。ルールを決め、お互いがそれを守れば、きっと出来る」
「ルールだあ?」
「日替わり交代で順番に体を使用する。自分が体を使う日の朝は、努めて意識を高め、滞りなく出現をする。自分の番ではない朝は、努めて意識を低下させ、相手の邪魔は絶対にしない。無断で体を乗っ取っちゃ駄目。仲良くシェアする」
「体をシェアする……上手く行くかなあ」
「やる前から弱音を吐くな。やってみなければ分からない。いいかい? おまえは今晩寝入ったら次に体を使えるのは明後日だよ。それまで勝手に出てくるんじゃないよ。安心しな。このルールは、母ちゃんが、愛雨にも了解を得ておくから」
こうして、俺と愛雨は、日替わり交替制で、順番にこの体を使うことになった。やってみたら、思っていたよりスムーズに出来たんだな~これが。
ついでに話しておくと、母ちゃんは、この日のうちに、愛雨が通っている血の池高校へ俺を連れて行き「今後は二人が日替わりで通学することになりましたから」と学校に直談判をした。
校長は言葉を失っていた。教頭は難色を示した。担任の田中においては、至極迷惑そうな顔だった。結局、この日は、ていよく断られた。
それでも母ちゃんは諦めなかった。知り合いの知り合いの知り合いを通じて、人権団体を紹介してもらい、そこに学校との仲介を頼んだ。その団体は、子供の人権だの、多様性の時代だの、障害こそ個性だの、出方次第で御校をSNSに晒すだのと御託を並べ、学校に激しく許可を迫った。
その甲斐あってか、先ずはこの学校の養護教諭、いわゆる「保健室の先生」が、俺たちに理解を示した。更には、その保健の先生が、学校の上層部や教育委員会やPTAを熱心に説得して回ってくれたらしい。お陰様で、間もなく、許可は下りた。
この世界に現れて二週間ぐらい、いや、もっと早かったかも、俺は、とんとん拍子で血の池高校の生徒になっちまった。無論、細かな条件付きではあったが……。
ちなみに、母ちゃんは、俺がこの体を訪れて以降は、それまでズルズルとだらしなく付き合って来た業多とキッパリと別れ、一切の関係を断った。
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