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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
俺は、和音
15/117

15. 和音 登場

★視点★ 櫻小路和音さくらこうじわをん

 令和六年、九月三日、火曜日。


 目が覚めると、僕は、俺になっていた。

……俺だ。

 性懲りもなく、俺が生息をしている。

 かったり〜ぜ。今日も、どうしようもないこの俺が、このくだらない世界で、無意味な生命活動を開始するってわけだ。

 俺の名前は、(さくら)小路(こうじ)和音(わをん)。大久手市・血の池町にある進学校「県立・血の池高校」に通う高校二年生だ。

 和音と言う名前は、俺の母ちゃんが付けた。意味は「モノゴトの終わり」だってよ。なーそれ。ちょーだせー。「お」を「を」と読ませるあたりのセンスを疑う。俺は、この名前が大嫌いだ。従って、俺は、他人にこの名を名乗るのがとても苦手だ。

 ベッドから身を起すと、壁に立てかけてある姿見鏡の向こうから、獲物を狙う豹のような三白眼が、こちらを睨み据えている。こけた頬。歪んだ唇。気怠い表情。鬱陶しく伸びた髪を両手でかき上げ、ヘアーゴムで後ろで縛る。それから、昨夜愛雨の野郎が隙間なく閉めたカーテンを勢いよくひっぺかし、窓を全開にする。

 曇天。生ぬるい秋風。呆れるほど中途半端な朝焼け。

 俺のいる県営住宅の八階の自室の窓からは、商業施設と閑静な住宅街とが共存をするオシャレな街並みが一望出来る。

 なんかよお、しばらく景色を眺めていると、自分がこの世界に存在していることが疑わしくなってくんだよな。なんつーか、俺が景色を眺めているのではなくて、逆に、景色に眺められている気になるっつーか。俺は無機質な物体。所詮は路傍の石コロ。つって生きている実感が希薄になるっつーか。

 パジャマの裾をたくし上げ、昨日愛雨が貼った膝のバンドエイドを剥がし、治りかけていた傷を指先で執拗に擦る。

 傷口から真っ赤な血液がジンワリと滲む。液体は寄せ集まって水泡となり、一筋の雫となって膝から流れ落ち、やがて白いシーツに一点のシミをつくった。

 こうして膝小僧から滴り落ちる血液を凝視していると、生きている実感が何割か戻って来る。

「あ~~」なんつって、あえて声を発してみる。愛雨の覇気のない声とは違う、低くドスの効いた声。パジャマの上着を脱いで体をチェックする。ヒョロヒョロの愛雨とは違う、血管の浮き出た太い腕、分厚い胸板、割れた腹筋。

 よし、俺だ。間違いない、今日は俺の番。俺の日だ。愛雨と自分の違いを確認することで、生きている実感を徐々に取り戻して行く。

 俺たち三人は、人格が入れ替わる際に、変化する事としない事がある。人相は変わる。体格も変わる。声質、肌質、変わる。髪質は変わるが、伸びたり縮んだりはしない。身長も伸び縮みしない。体重も増減しない。三人うちの誰かが患った病気や怪我が消えることはない。持って生まれた知能に差はあるが、記憶した情報は共有をすることが出来る。

 要するに、質は変わるが量は変わらないってことだろう。

 ぐーーー。不意に腹が鳴った。間抜けな音。あはは。滑稽だぜ。生きている実感が希薄だろうが何だろうが、無条件に腹は減りやがる。これぞ生きている実感ってか。あはは。マジでウケる。

 ベッドから下り、両手を上げてつま先で立ち、くーっと背筋を伸ばす。そして、そのままの姿勢で――

「空腹。生命維持。朝飯」

――と単語をつぶやいた時、にわかに人の気配を感じ、体が硬直する。


【登場人物】


櫻小路和音さくらこうじわをん 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている



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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで読ませて頂きました。 追加された第1話から読ませて頂いたのですが、確かに最初にインパクトがあって引き込まれました! 今後どんな風に話が展開していくのか想像できないです(書くのが難しそ…
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