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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
僕は、愛雨
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14. こんな陰湿なイタズラをするのは誰だ

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 下駄箱から上履きを取り出し履き替える。

「愛雨、おはよう」「や、やあ、鈴木くん、おはよう」「愛雨く~ん、おはよ~」「水野さん、おはよう」「うぃ~っす、愛雨」「山田君、おはよう」妙だな。教室へと向かう廊下で、いつもなら僕みたいなモブキャラに関心のないクラスメイトたちが、どういうわけか僕の背後から背中をポンと叩いては、挨拶をして通り過ぎて行く。ひょっとしたら、急に人気が出ちゃったのかなあ。いやいや、そんな筈はない。僕に限って、そんなことは有り得ない。

 困惑しつつ、教室の自分の席に座る。すると、周囲からクスクスと忍び笑いが聞こえてくる。クラスメイトが、明らかに僕のことで笑っている。分かるのだ、長年の経験で。感じるのだ、いじめられっ子の受信機で。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、愛雨」

 この状況を打開してくれたのは、クラス委員の尾崎地図子ちゃん。長い黒髪に黒縁眼鏡。勉強が出来て、スポーツも出来て、正義感が強くて、要するにいわゆる「優等性キャラ」の全ての要素を網羅している女の子。

「地図子ちゃん、おはよう。昨日は|夜夕代と夜遅くまでカラオケで盛り上がったらしいね。夜夕代のやつ、風呂にも入らず寝ちゃってさ、おかげで今日は体が臭い臭い」

「何を呑気なこと言っているの。あなた、背中にイタズラされているわよ」

 教室に入って来るなり僕に駆け寄り、背中の張り紙を引っぺがし、それを僕の机の上に叩きつける。

『僕はオモチャです。● ←この黒いボタンを押してください。オハヨウと鳴きます』 

……やっぱりな。だからかあ。今日に限ってみんな僕の背中をポンポン叩いて……。

「いったい誰、こんな陰湿なイタズラをするのは。て言うか、みんな、これを面白がって黙認しているなんて酷くない? あんまりじゃない? マジ恥ずかしくないの?」

 地図子ちゃんが、室内に響き渡る金切り声で、クラスメイトを非難する。僕は、ハッと思い当たり、教室の窓際の一番後ろに座っている蛇蛇野くんを睨んだ。机に頬杖をつき、ほくそ笑んでいる。

「いやだなあ~、愛雨く~ん。ぼくが主犯だと疑っているの~? 残念だけど、その張り紙を張ったのは、ぼくじゃないよ~。ぼくだって、他の皆と一緒だよ~。背中に『ボタンを押してください』って書いてあるから、ほんの出来心でからかっただけさ~」

 確かに、通学路で蛇蛇野くんに背中を触られた時、既にこの張り紙は背中に貼られていた可能性もある。彼も他のみんなと同じく張り紙を見て、面白がって背中をポンと叩いただけなのかもしれない。確証もなく彼を疑ったことは、恥じねばならない。

「ねえ、愛雨。これは報告するべき案件よ。田中先生に相談をして、然るべき対応をしてもらいましょう」

「田中先生に相談をしたところで、まともに取り合ってくれるかなあ。教師は何かと忙しいらしい。こんな些細なことにかまっている時間は無いと思う」

「それなら、春夏冬くんに相談をしましょう。頭の良い彼なら、きっと犯人を捜し出してくれる」

「春夏冬くんは、水曜まで空手の遠征でお休みだよ」

「だったら、明日、私から和音にお願いをして、クラスメイト全員に取り調べを決行してもらう。そんでもって、犯人に自白をさせて、顔面をぶん殴ってもらう」

 地図子ちゃんが、こんな僕のために怒り狂っている。和音の名前が出た途端、おふざけムードだった教室が一瞬で緊迫した。

「どうかなあ。和音は、同じ体をシェアしているくせに、僕のことには、まったくの他人事だからなあ」

 朝っぱらから、やりきれない気持ちで、春夏冬くんのいない抜け殻のような一日を過ごす。下校途中に一人で中央図書館に寄り、夕方まで勉強をする。自宅に戻ったら風呂に入り、母さんが作り置きしてくれた晩御飯を一人で食べる。自室でもう二時間勉強をしたら、ベッドに潜り込む。疲れた。何故だろう。大したことはしていないはずなのに、今日も今日とて、くたびれ果てた。

 毛布にくるまり、今日あのような張り紙を背中に貼られるに至った、自分の落ち度を省みる。なぜ僕は、いつもあのようなイタズラや嫌がらせばかりされるのだろう。次に、今日僕にあのような張り紙を貼るに至った犯人の事情をおもんぱかる。犯人は、いったいどんな気持ちで、あの張り紙を僕の背中に貼ったのだろう。

 分からない。

 周りは僕のことを「頭が良い」とかとか言うけれど、それは僕が、学校のテストの点数がほんの少しだけ高いというだけの話だ。実際は、僕は物事を考え抜く力が悲しいほど欠落している。考えれば考えるほど、さっぱり訳が分からなくなってしまう。

 こんな時、春夏冬くんが側にいてくれたら……。春夏冬くんなら即座に事の本質を突いた答えを導き出してくれる。そりゃあ、たまには突拍子もないことも言うけれど、そのトンチンカンな発言のなかにも、真理の片鱗が垣間見えたりする。

「は~、春夏冬くんに逢いたい」

 そう溜息をつき、やがて僕は眠りに付いた。

【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


蛇蛇野夢雄じゃじゃのゆめお クラスメイト 陰湿 悪賢い


尾崎地図子おざきちずこ クラスメイト 優等生



ここまでお読みいただきありがとうございます。★やブクマなどで応援をしていただけると、今後の執筆の励みになります。

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