13. 血の池高校へ行く
★視点★ 櫻小路愛雨
いつもの時間に、いつもの通学路を歩く。県営住宅の敷地を出て、古戦場通りを北へ歩いてすぐのところに「武蔵塚」と言う史跡がある。鬼武蔵と呼ばれた戦国の勇猛な武将・森長可の戦死地とされ、官名にちなんでそう名付けられている。敷地内には桜の木がたくさん植えられた広場がある。保育園の頃は、春夏冬くんとここでよく遊んだものだ。
「愛雨くぅ~ん、おっはよ~う」
その武蔵塚を通り過ぎたところで、背筋が凍るような精気の無い声に、背中をポンと叩かれる。声の主は、蛇蛇野夢雄くん。僕と同じ血の池高校に通うクラスメイトだ。
蛇蛇野くんは、小学校四年生の三学期の終わり頃に、僕の住む県営住宅に引っ越してきた。ニキビづら。ガチャ歯。アフロと呼んで差し支えないほどの天然パーマ。性格は、陰湿でズル賢い。自分では何も行動を起こさないくせに、人が頑張っている姿や、人が失敗をしたり叱られたりしている姿をみては、教室の片隅でニヤニヤ笑っている生徒。
「やあ、蛇蛇野くん、おはよう。君が僕に挨拶だなんて珍しいね。普段は、こちらが話しかけてもガン無視なのにね」
「なにを言っちゃってるのさぁ~、愛雨くぅ~ん。ぼくたちクラスメイトじゃないかぁ~ん。いつぼくがきみを無視したと言うのどぅわ~い? さあ、今日も我らが学び舎で、共に勉学に勤しもうじゃないかぁ~ん」
「普通にしゃべろうよ」
「なにを言っちゃってるのさぁ~、愛雨くぅ~ん。ミーはいつだって、くぉんな話しかたじゃないくゎ~ん。じゃっね~。先に学校に行ってるぬぇ~」
そう言い残し、蛇蛇野くんは、学校に向かい足早に駆けて行った。百パー僕をバカにしている。ほんの少し話しただけなのに不愉快極まり無い。
校門のところで、担任の田中先生と出逢う。
「先生、おはようございます!」
「おはようございます」
骨と皮に丸眼鏡。内股。しわしわの背広。まだ三十代前半だと言うのに同情するほど薄い頭髪を撫でつけながら、照れ臭そうに僕にペコリと挨拶をする。性格は、典型的な事なかれ主義者で、模範的な日和見主義者で、教科書的な権威主義者で。正直言って、とても頼りない担任だ。
「そうそう、愛雨くん。いつも君たちと仲の良い春夏冬くんは、今日から三日間学校をお休みしますよ」
「えっ、どうして?」
「空手道場の遠征合宿とかで、三重県に行くそうです」
「マジっすか。そんな予定があるなんて、春夏冬くん、全然言ってなかったなあ」
「ちなみに、学校が報告を受けたのも、先週の金曜日の夕方ギリギリでした。……おや?」
田中先生が僕の背中を見て、一瞬怪訝な表情をした。
「どうかしました?」
「いや、別に、何も」
【登場人物】
櫻小路愛雨 悩める十七歳 三人で体をシェアしている
蛇蛇野夢雄 クラスメイト 陰湿 ずる賢い
田中先生 担任 事なかれ主義者