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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
サイナラあばよバイバイ
116/117

116. サイナラ、春夏冬くん

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 三者三様の将来の夢を読み終える。へえ、あの二人、こんな事を考えていたのか。原稿用紙を封筒に収め、制服の袖で頬を拭く。あれ、涙が出ていない。おかしいな、てっきり泣いていると思ったのに。しっとりと湿った気持ちとは裏腹に、なぜか体はカラリと乾いている。


「まぼろしなんかじゃない」


 春夏冬あきないくんが、たくましい両手で、僕の肩をバシバシと叩きながら叱咤する。


和音わをんも、夜夕代やゆよも、はっきりとこの世界に存在した。彼らと共に駆け抜けた黄金の日々は、ボクの生涯の宝物だ」


「痛い。痛いよ、春夏冬くん。そんなに強く叩いたら、肩の骨が折れちゃうよお」


「まぼろしなんかじゃない。まぼろしなんかじゃないのだ、愛雨あいう


「分かったよ。分かったから、落ち着いて。まぼろしなんかじゃない。彼らは確かに存在した。だね」


「だぜ」


 ――その時。僕の両肩に手を乗せている春夏冬くんの左手首に異変が。


「あわわわわ。春夏冬くん。見て、君の腕時計……」


 彼が小学生の時から肌身離さず使用している腕時計の針が、グルグルと凄い勢いで回っている。急回転する秒針。それを追いかけるように回る長針と短針。


「げげ。これはいったい」


 二人でしばらく左手首の狂った時計を凝視する。やがてその針はピタリと止まった。


「あれ。動かなくなっちゃったね」「うむ」「電池が切れたのかな」「そんなはずはない。電池なら、つい数日前に取り換えたばかりだ」「壊れちゃったのかなあ」「かもしれない」「僕の肩を叩いた衝撃で?」「かもしれない。何しろ小学五年生の冬にサンタクロースにプレゼントしてもらった時計だからな」「年代物だね。でも、お気に入りの時計だもんね。はやいとこ修理に出さないとね」


「いや、もう修理には出さない」


「え、でも、時間にちょ~細かい君が、腕時計なしでどうやって時間を管理するのさ」


「良い機会だ。これを機にスマホを購入する。パパにも再三スマホを持てと言われているしな。これからは、スマホを駆使して時間の管理を行う」


「ふ~ん。そっかそっか。そうなんだ。そうだね。それがいいかもね」


 胸が痛い。あれだけスマホに懐疑的だった春夏冬くんが、あっさりと購入する決断をした。他の誰かがスマホを持つのとは訳が違う。彼が一気に遠くに行ってしまうような気がした。


「春休みは何をする予定なの?」


「みっちり受験勉強だ。今から猛勉強をしないと志望校にとても合格出来ない。あとは空手の合宿だ。遊んでいる暇はない」


「そうか。次に会えるのは四月か。寂しいね」


「寂しい」


 春夏冬くんが空を見上げる。つられて僕も同じ空を見る。真昼の白い月が、光なく僕らを照らしている。


「ねえ、春夏冬くん。いつだったか君は、友情と愛情は別ものではない、友情は愛のニックネームだ、と言ったよね」


「言った。今でもその考えは変わらない。友情も愛情も根っこの部分は同じ愛だと思う」


「ならばどうして僕たちは、友への愛を伝える言葉を持たないのかな」


「確かに」


「ベストな言葉が思いつかないわけではないけど」


「うむ。その言葉は、さもすれば相手に要らぬ誤解を与えてしまう」


「結局のところ、ずっと友達だよ、なんつって、ふわっとした感じがベターなのかな」


「だな。ボクたちは親友だ、なんつって、ふわっとした感じが無難であろう」


「サイナラ、春夏冬くん。ずっと友達だよ」


「さようなら、愛雨。ボクたちは親友だ」


 くるりと背を向けて歩き出す春夏冬くん。中央図書館前の歩道橋を渡り始めるまでその背中を見送り、僕も家路に向かう――


 本当の孤独を僕は知らない。差別され、区別され、世間に冷たくあしらわれてもなお、本当の孤独を僕は知り得ない。


 だって僕には、春夏冬くんがいるから。幾千の「いいね」に勝る、幾万のフォロアーにも代え難い、かけがえのない友がいるから。


 本当の絶望を僕は知らない。和音を失い、夜夕代を失い、怒涛の悲しみに打ちひしがれてもなお、本当の絶望を僕は知り得ない。


 だって僕には、春夏冬くんがいるから。素知らぬ顔で荒れ狂う大海原を泳ぎ、嵐の中を駆けつけてくれる友がいるから。


――ダメだ。伝えたい。やはりこの気持ちを伝えなければ。帰り道を半ばまで進んだところで、僕は、きびすを返して、彼のもとへ駆け戻る。もう家に帰っちゃったかなあ。急げ、僕。急いで春夏冬くんに追いつけ。息を切らして図書館通りの歩道を全力疾走する。


「あ、春夏冬くん!」


 なんと、見送ったはずの歩道橋の真ん中に、まだ彼はいた。歩道橋の柵に両肘を付き、物思いにふけった顔つきで、行き交う車の流れを見下ろしている。


「おお、愛雨!」


 遠くから名を呼ぶ僕に、彼が気付く。柔らかな笑みでこちらに手を振っている。僕は昂る気持ちに促され、その場で数回跳ね上がって手を振り返す。それから、歩道橋の階段を駆け上がり、彼の前に立つ。


「よかった。もう帰ったかと思った。ずっとここにいたのだね」


「考え事をしていたのだよ。君のほうこそどうした。ひどく息が上がっているぞ」


「伝えたいことがあるんだ。いろいろ考えたけど、やっぱり関係ないと思う。要らぬ誤解とか、そういうの、どうでもいいじゃん。僕は、君への気持ちを、ベターではなく、ベストな言葉で伝えたい」


「奇遇だな。実は僕も同じことを考えていた」


 本当の孤独を僕は知らない。本当の絶望を僕は知らない。だって僕には、春夏冬くんがいるから。僕たちは、精一杯背伸びをして、脳天の高さにある現実の向こう側を覗く。つま先がつるぐらい背伸びをして、せ~のであちらの世界を見渡す。あわわわ。見えるか、友よ。見て見てホラ。せっかちな未来が、僕らを手招きしている。


「愛してる、春夏冬くん」


「愛してるぞ、愛雨」



この物語は、次回で完結します。


【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 愛雨の幼馴染 怪物


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