114. まぼろし
★視点★ 櫻小路愛雨
それから、僕と春夏冬くんは、ジャスオン大久手店に寄り、二年生が終わるこの日をひとつの節目とする意味合いで、三つ首地蔵に参拝をした。ちなみに、僕たちが土中に埋設された三つ首地蔵を発掘し、店内の吹き抜け部分に地蔵堂が再建をされて以降、ここはSNSを中心に珍スポットとして話題になり、毎日大勢の参拝者が訪れるようになっている。
ジャスオンを出たら、図書館通りの歩道を並んで歩く。やがて、それぞれの家路へと向かう分かれ道で、僕たちは立ち止まる。通り沿いの民家の庭では、梅の花が満開だ。濃厚なピンクが青空に映えて、とても綺麗だなあ。
「今日で高校二年生は終わり。春からは三年生だね」
「うむ。また同じクラスになれるといいな。来年は受験生。愛雨は、もう進路を決めたのか?」
「うん。まあ。なんとなくは……。春夏冬くんは? 目指す夢に今も迷いはない感じ?」
「迷いなど微塵もない。東京の大学へ行って政治学を学ぶ。そして、三十代で大久手市長に、四十代で県知事になる。――なあ、愛雨。以前相談をした件だが、もう一度考えてはくれないか?」
「相談をした件?」
「ボクと一緒に政治家になり、ボクの補佐官になって欲しい。ボクに足りない部分を、君に補って欲しいのだ」
「ごめんね。その件に関しては、やはりお断りをするよ。政治家なんて僕の柄ではないし、器じゃない。それに、君の夢と比べたらちっぽけなものだけれど、僕にも、夢というか、目標というか、やりたいことがあるんだ」
「そうか。やりたいことがあるならば致し方無し。お互い夢に向かって頑張ろう。きっと和音や夜夕代もどこかで応援してくれているはずだ。だろ?」
春夏冬くんに、和音と夜夕代の名を出されて、僕は言葉に詰まった。そして、ここ最近密かに考えていたことを、彼に告白した。
「……その、和音と夜夕代のことなんだけどさ。二人が消えて数週間が経ち、冷静になって考えてみるとさ。結局あの二人は、ただのまぼろしだったのじゃないかな、なんて……」
「おいおい、何を言い出すのだ、愛雨」
「だって、そうだろう。神仏の祟りにより二つの肉体を奪われた三つ子だとか、その為にひとつの体を三人が共有して生活するだとか、その三人が幼馴染と四角関係になるだとか。あはは。考えてみれば、非現実的過ぎるよね。三流のウェブ小説にもなりゃしない。とどのつまり、二人の存在は医学的にというか、精神学的に立証できることであって、つまり僕は元々そのたぐいの……」
すると、春夏冬くんが、鞄の中から、おもむろにひとつの茶封筒を取り出し、それを僕の胸にドンと強く突き付けた。
「……痛いなあ。なんだよ。この封筒」
「林檎先生が、君に渡してくれって。これは君が大切に待っておくべきものだってさ」
……林檎先生。そう言えば、僕たちのために学校や教育委員会と闘ったことが原因で、今日付けで山奥の高校に異動になったのだっけ。
「え? 林檎先生が僕に? 怖いなあ。いったい何だろうなあ」
恐る恐る封筒の中身を確認する。中には、折りたたまれた四百字詰め原稿用紙が数枚。取り出して開く。「あ。これは……」それは、かつて僕と和音と夜夕代が、国語の宿題で書いた「将来の夢」をテーマにした作文だった。
【登場人物】
櫻小路愛雨 悩める十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 愛雨の幼馴染 怪物