113. 魂の友
★視点★ 櫻小路愛雨
令和七年、三月十九日、水曜日。
夜夕代の葬儀を、和音のそれと同様の形式で行い、はや二週間が過ぎた。二人の魂は消えてしまったけれど、僕の魂と肉体は健在なわけで。僕の高校生活は否が応でも平常通り続行されるわけで。
今日は、三学期の終業式。
早朝。身支度をした僕は、いつものように玄関を出て、県営住宅のエレベーターを降り、エントランスに出る。すると、住民のポストが並ぶところに一人のJKが立っていた。一瞬誰かと思ったが、よく見るとクラスメイトの尾崎地図子ちゃんだった。指先をピンと伸ばさないブリッ子タイプの振り方で、僕に手を振っている。
「おはよう、愛雨」
「おはよう、地図子ちゃん。なぜ君がこんなに朝早くに僕の住む県営住宅にいるの?」
「なぜって、愛雨と一緒に登校しようと思って」
「は?」
「いいじゃん、べつに。迎えに来たのよ。悪い?」
「いいけど……驚いたなあ。てか、質問が多々あるので、順番に聞いていいかな。先ず、いつも掛けている黒縁眼鏡はどうしたの?」
「眼鏡はやめた。今日からコンタクト」
「ずいぶんあかぬけたね。あれれ、お化粧をしている?」
「うん。ほんの少しだけど。悪い?」
「悪くない、悪くない、悪くはないけど……なんつ~か、口紅を塗り過ぎじゃないかな。こう言っちゃなんだけど、口裂け女みたい」
「ひっど~い。メイクを始めたばかりで、まだ下手糞なのっ」
「スカートの丈も短くなった」
「カワイイでしょう? 勝手にスカートを切るとママに叱られちゃうから、お腹のところでクルクルと巻き上げているのよ」
「いったい何があったの。正直ちょっと引くんだけど……」
「もう優等生はや〜めた。私、自分に素直に生きるとに決めたの。さあ、愛雨、一緒に学校へ行こ」
そう言って、地図子ちゃんが、さっと僕の手を握って歩き出す。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと~」
「三年生になっても、同じクラスだといいね。て言うか、別のクラスになっても、これからは毎日こうして迎えに来ますからね〜だ」
「ななな、何だかなあ」
終業式を終えたら、春夏冬くんと血の池公園へ行く。三休和尚が、いよいよこの公園を出て行くとのことで、引っ越しのお手伝いをするためだ。公園へ着くと、和尚が一人で黙々とテントを畳んでいる。
「こんにちは、三休和尚」「ご老人。お手伝いします」「お~お~。愛雨くんに春夏冬くん、来てくれたか」三人で荷物をまとめ終え、園内を竹ぼうきで掃き清めたら、ベンチに座って雑談をする。
「三休和尚は、これからどこへ?」
「和音と夜夕代の葬儀を執り行った寺院へ引っ込む。寺院からは、前々から是非来てくれと頼まれておったし」
「ご老人。本当に出て行くのですね。はじめ話を聞いた時は冗談かと思いました。教えて下さい。かれこれ二十年近く住んだこの公園を突然離れるとは、いったいどういう心境の変化でしょう?」
「実は、先日、血を吐いた。自分の体のことじゃから分かる。わしはもう長くない。勝手気ままに生きてきたが、最期は御仏のお膝元で生涯を終えたい」
「ねえ、三休和尚。かつて僕とこの体を共有した和音と夜夕代の魂は、いったいどこへ行ってしまったのかなあ?」
「知らん。ぶっちゃけ、現世を生きるこのわしに、天界のことなんぞ、はっきりとは分からんわい。だが、何となくじゃが、そう遠くへは行っておらん気がするぞ。貴様らとあの二人の魂は、堅い絆で結ばれておる。魂の友は、たとえ死に別れてしまっても、必ずや生まれ変わって、きっとまた巡り合う。そして、わしの霊力によれば、どうやら、それは遥か遠い未来の話ではなさそうじゃ。時は、すぐそこ。もうそこまで来ておる」
「そうかあ。そう思えば、寂しくないなあ」
「うむ。むしろ、楽しみだ」
やがて、迎えに来た高級車に乗り込むと、三休和尚は、血の池公園を後にした。
【登場人物】
櫻小路愛雨 悩める十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 愛雨の幼馴染 怪物
尾崎地図子 クラスメイト 優等生
三休和尚 口の悪いお坊さん