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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
サイナラあばよバイバイ
112/117

112. 鏡

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 嘘でしょっ! これは、夢か幻か。血の池高校のブレザーとスカートを身に着けた夜夕代が、鏡の中で微笑んでいる。――単純に僕が鏡に映っているだけなのかなあ?――いや違う。僕は黒髪。鏡の中の人物は、美しいブロンドヘアーを夕日に乱反射させている。


「信じられないって顔をしているわね。キャハ。私だって信じられないよ。何だろ、上手く説明出来ないけど、遠いところを彷徨っていたら、急にこの世界に引き戻されたって感じ? 未練を残さず旅立ったつもりなのだけどね。神様ったら、いったいどういう気まぐれかしら」


 口をポカンとして言葉もない僕とは対照的に、鏡の中の人物はペチャクチャとよく喋る。


「そっかあ、分かったぞ。君にやり残したことが無くても、僕にはあるんだあ。だから今日僕は、君に逢いたい、もう一度逢いたい、と狂おしく願ったんだあ。きっと神様は、その願いを叶えてくれたのだよ」


 奇跡だ。ひとつの体を共有してきた者同士が、鏡を隔てて対面し、普通に会話をしている。


「なるほど。私の意識はもうこの世のものではないから、愛雨あいうが今日どこで何をしていたかは知らないけれど、どうやら今日も今日とて色々あったみたいね」


「今日僕は、君とデートをしたよ」


「はあ?……きゃきゃきゃ。ウケる~。想像しただけでシュール。マジでツボる~。んで、無事に旅立った私を呼び戻してまで、あんたがやりたかったことって何よ」


「キス」


「え? あら、嫌だ。聞き間違いかしらん。もう一度言ってくれる?」


「キスだよ、キス。僕は、夜夕代とずっとキスがしたかったんだ。でも、ひとつの体をシェアする者同士、それは物理的に不可能だと諦めていた。しかし、鏡越しのこの状況なら可能だもんね。神様、絶好のシチュエーションを用意して下さってありがとう」


「いやいやいや。キモいキモいキモい。おいコラ、陰キャ、直ちに目を覚ましなさい」


「♪チュはきませり~。♪チュはきませり~」


「歌うな歌うな。あんたねえ、自分が何を言っているか分かっているの? 大前提として私たちは同性で。それ以前に二人は兄妹で。何よりも私はもうこの世の者ではないの。私とキスをするということは、この三つの禁断を犯すことになるのよ」


「同性愛の何が悪いの? 近親愛の何が不浄なの? この世ならざる者との恋愛の何が異常なの?――でももし神様や仏様が、それを罪だと言うならば、その罰の全てを僕はひっかぶる覚悟だ。それでも僕は君とキスがしたい」


「ちょに~。このエロ男子め~」


 乱舞する夕日。赤く染まる壁紙。永遠の一瞬。僕は壁に立て掛けた姿見鏡の中で顔を赤らめる夜夕代に一歩近づく。


「もう逢えないかと思った。嬉しいよ。来てくれてありがとう、夜夕代」


 もう一歩前へ。


「どうどうどう。落ち着いて。近づかないで。ダメだってば、愛雨」


 夜夕代が、両手を前に突き出し、激しくストップのゼスチャーをする。


「楽しかったね、夜夕代」


 さらに前へ。


「あんたホントに馬鹿じゃないの」


 と呆れながらも、夜夕代も、いよいよ一歩前へ。


「好きだよ」


 一歩。


「お馬鹿さん」


 戸惑いつつ、夜夕代も、一歩、二歩、三歩。


 やがて、鏡越しに見つめ合う二人。


「チュはきませり」


「救いようのない大馬鹿野郎」


 僕は、瞼を閉じて、鏡にそっと唇をあてる。





「好きよ、愛雨」





 ほんの一瞬、夜夕代の唇が、僕の唇に触れた感触。


 ゆっくりと瞼を開くと、夜夕代はもういなかった。鏡には、陰キャでフヌケた無様な僕が映っていた。瞳を潤ませ、うろたえた表情で、今にも赤子のように泣き出しそうな僕がいた。



【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


櫻小路夜夕代さくらこうじやゆよ 恋する十七歳 三人で体をシェアしている

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― 新着の感想 ―
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