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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
サイナラあばよバイバイ
111/117

111. デートだよ、デート!

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 令和七年、三月一日、土曜日。


――僕だ。僕がいる。今日も、僕という人格が、まがうことなくこの世界に存在をしている。ありがとう、世界。心よりの感謝を。


 いつものように、目覚まし時計が鳴る五分前に目を覚ます。窓の向こうを見上げる。大久手市・血の池町は今日も晴天なり。いつものように、夜夕代やゆよが開けっ放しにしたカーテンを半分だけ閉め、朝の環境に、徐々に自分を慣らして行く。


 眼球が陽光に慣れたところで、枕元の「僕と俺と私のノート」を開く。


「ままま、マジっすかっ!」


 夜夕代の返事を読み、僕はベッドから跳ね起きる。「いや~、お願いしてみるものだなあ。まさか君が二つ返事でオッケーしてくれるとは思わなかったよ~」夜夕代が着ていた女性用のパジャマを脱ぎ捨て、予定していた服装に速やかに着替える。それから、頭上の虚空に向かってこう話しかける。


「こらこら、夜夕代。どこに隠れているのかな。気配を消したって無駄だよ。オッケーをした以上は、今日一日僕に付き合ってもらうからね」


 自室に隣接する台所へ行く。夜の仕事を終え、就寝の支度をしていた母さんが、僕の身なりを見て仰天する。


愛雨あいう、あああ、あんた、何て格好をしているんだい! それ、夜夕代の制服じゃないか!」


 僕は、平日に夜夕代が血の池高校に着ていく女性用のブレザーとスカートを身に着けている。


「だね」


「だねじゃないよ。気でも違ったのかい」


「安心してよ、母さん。僕は、気が違ったのではなく、気を遣っているだけ。これは夜夕代に対する気遣い。今日は夜夕代とずっと一緒に過ごす予定なんだ。ひとつの体をシェアする者同士、こうしないとフェアではないからね」


「何言ってんだい。夜夕代はもうこの世に……」


 食パンをかじり、顔を洗い、歯を磨く。ご機嫌な鼻歌を口ずさみながら、玄関で靴を履く。


「それじゃあ、行ってきまーす!」


「ちょっと、愛雨あいう、行くって、いったいどこへ……」


「デートだよ、デート! 夜夕代とデート!」



 午前9時頃、リニアモーターカーに乗って愛・地球博記念公園に着いた。


 愛・地球博記念公園。2005年に開催された日本国際博覧会(愛知万博/愛・地球博)の跡地に開設された公園。かつてはモリコロパークの愛称で親しまれたが、現在はジブリパークと言ったほうが有名だ。


 冬ざれた樹々を愛でつつ、園内を散歩する。休日の朝。地元高校の女子生徒の制服を着て通りを闊歩する青年の出現に、他の公園利用者がざわついている。みんな明らかに僕と距離を取ってすれ違う。


「そうだ、夜夕代。せっかくだし、他のカップルみたいに、僕たちも手を繋がない? ふふふ。そんなに照れなくてもいいだろう。ホラ、手を出して。ホラってば。恥ずかしいのは僕も同じさ。ほら、手を出しなよ」


 虚空に向かって笑顔で話しかけ、僕は自分の右手を胸の前に差し出す。それから、左手を逆手にして差し出し、その手と手をしっかりと握る。「てへへ。僕たち、ラブラブだね」そう言って僕は歩き出す。道行く人々が、逃げるように通り過ぎて行く。


 ジブリパークへ向かう。ジブリパークとは、愛・地球博記念公園の中に5つのエリアが点在する、スタジオジブリ作品の世界を表現した公園施設。「ジブリの大倉庫」「青春の丘」「どんどこ森」を観て回り、昼食を取る。それから「もののけの里」「魔女の谷」を観て退園をした。


「いや~、楽しかったねえ、夜夕代。最高だったね、ジブリパーク。さてと、日暮れまであと少し時間がある。せっかくだから、軽くお茶でもしに行こうか」


 そう虚空に話かけ、僕は、行きつけのファミレスに行く。


 店内に入ると、ウエイトレスが僕の格好を見るなり店長らしき人物を呼び出し「以前この店内で落語の稽古を大声で始めた迷惑な客が、今度は、まさかの女装をしてのご来店です。どうしましょう。入店をお断りしますか?」と相談をしている。ウエイトレスと店長の長いヒソヒソ話の末、結局女装は黙認され、僕は以前と同じ、店内中央の席に案内をされた。


「ウエイトレスさん。僕は、アイスコーヒー。ガムシロップを二つ入れて下さい。ねえねえ、夜夕代は何にする? 今日は僕のオゴリだから、遠慮なく好きな物を注文してね。うん。うんうん。了解。チョコレートパフェだね。ふふふ。本当に君はこの店のチョコパが好きだね」


 満面の笑みで独り言を言う僕を見て、顔からスーッと血の気が引くウエイトレス。


 やがて、テーブルに運ばれて来たアイスコーヒーを飲み干し、続けて夜夕代が注文したチョコパを長いスプーンで食べ始める。――カットしたバナナにチョコクリームをねぶりつけて食べていたら、今日目覚めてからここまで必死で心の奥に鍵を掛けて閉じ込めていた悲しみが、出せ、ここから出せ、と不意に暴れ出し、物凄い力で鍵を引きちぎってしまった。


「ぶおおおお。夜夕代おおお。このチョコパ、君に食べさせたかったああああ。もっと君と一緒にいたかったああああ。夜夕代おおお。どこにいるのおおおお。どこに消えたのおおおお。寂しいよおおおお」


 常軌を逸したようにチョコパを頬張る僕に恐れをなした店内の客が、次々にお会計を始めている。


 夕暮れ。自宅に戻った。薄暗い台所。テーブルには母さんが作り置きした晩御飯。自室に入り、何の気なしにカーテンを開ける。八階の窓から、夕日で真っ赤に染まる街を一望する。血まみれ。血みどろ。真っ赤な真っ赤な血の池町。何だかなあ。世界は、残酷で美しい。


――その時だった。


「愛雨」


 え、誰? 何者かが僕の名を呼んだ。僕は、誰もいない室内をオロオロと見渡す。


「ここだよ、愛雨」


 聞き慣れた声。聞きたかった声。ずっとずっと聞いていたい声。


「……夜夕代」


 振り返ると、なんと、壁に立て掛けてある姿見鏡の中に、夜夕代がいた。


【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


櫻小路麗子さくらこうれいこ 愛雨と和音と夜夕代の母 

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