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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
僕は、愛雨
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11. 夜夕代が僕の体を訪れた時の話

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 僕と和音が、二人でこの体をシェアする生活を始めて、ひと月ほど過ぎたある日、今度は夜夕代がひょっこりと僕の体を訪れた。

 僕は、クラスメイトたちと一緒に、掃除の時間に、プールサイドの草むしりをしていた。

 血の池高校には、運動場の端に25メートルプールが設置されている。しかし、もう何年も前からこの高校では水泳の授業は実施されていない。藻の生えた蚊柱のかたる緑色の水面。こんな汚い水、さっさと抜いてしまえばよいのにと思う。

 でも、学校のプールは、消防水槽の用途として年中水を張っておくことが法律で定められているらしい。汚い水はどうにもならないが、せめてプールサイドに生えた雑草ぐらいは抜いて敷地内を美化しようという学校の方針により、定期的に除草作業が行われている。

 僕は、みんなが抜いた雑草を袋に詰めては回収するという役を担っていた。

「おーい、愛雨。こっちも草がいっぱいになったから、回収に来てくれー」

 プールサイドの向こう側から、クラスメイトが僕を呼ぶ。

「りょうかーい。今行くー」

 プールサイドにて点在するクラスメイトを避けるため、プールの側壁の上を、両手に雑草を詰めた袋を持ち、バランスをとりながら平均台を渡るようなポーズで歩く。 

 とっすん。

 やにわに、背中に強い衝撃。

「え?」

 宙に浮いていた。

 背後から、何者かにプールに突き落とされたのだ。

 間髪を入れず水しぶきを上げ、波紋の中心に呑み込まれる。

 水が冷たい。水が臭い。ていうか、このプール、思っていたより深い。手足をばたつかせる。息が出来ない。苦しい。やばい。このままでは死んでしまう。泳げ。泳いで陸に辿り着け。てか、どうやって泳ぐのだっけ。泳ぎ方、ど忘れしちゃった。思い出せ、クロール。思い出せ、平泳ぎ。思い出せ、犬かき。あ、大事なこと思い出した。そういえば、僕、泳げないのだった。

 水が冷たい。水が臭い。水が冷たい。水が臭い。もがきながら、何年も水の入れ替えをせぬまま放置されたプールの、深緑色に濁った水を、ガブガブと大量に飲む。水が不味い。水が不味い。水が不味い。

「助けて!」そう叫び、プールサイドを見る。騒然とするクラスメイト。悲鳴を上げる女子。助けを呼ぶ男子。もがき苦しむ僕を観て半笑いの男子。面白がってスマートフォンで撮影をする女子。突き落としたのはこの中のどいつだ?

 いよいよ力が尽きてきた。ダメだコリャ。死ぬなあ。死、あるのみだなあ。ジ・エンドだなあ。もう無駄な抵抗はやめましょう。このまま大人しくプールの底に沈みましょう。

「落ち着け、愛雨。もう心配ない。さあ、ボクにしっかり掴まれ」

「春夏冬くん」

 全てを諦めかけたその時、幼馴染の春夏冬宙也(あきないゆちゅうや)くんが、勇猛果敢にも制服のまま冷たいプールに飛び込み、救出に来てくれた。

 片腕に僕を抱きかかえ、陸に向かって泳ぎ始める。僕は、春夏冬くんから離れないように無我夢中でしがみつく。筋肉隆々の腕。ぶ厚い胸板。救出に挑む必死の表情。この時僕は、朦朧とする意識の中で、彼に対して妙な気持ちになった。

 きゅん。

 今日までに感じたことのない胸の高鳴り。何だ、この感情は? いったい誰の感情? 

 この刹那、僕の記憶は途絶えた。 

 意識を取り戻したのは翌々日の朝のこと。和音の時と同じく、その間の記憶がまるで無い。そして、この日僕は、母さんから、この体に夜夕代という新しい人格が訪れたことを知らされた。

【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


春夏冬宙也あきないちゅうや 愛雨の幼馴染

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