108. 自分に素直であるということ
★視点★ 櫻小路夜夕代
お昼休憩に、教室で地図子ちゃんと机を合わせてお弁当を食べる。
「地図子ちゃん。なんかね、今日でさよならっぽい」
出し抜けに言う私。ご飯にフリカケをかける地図子ちゃんの手が一瞬止まる。
「……ねえねえ、今日の漢字のテスト、どうだった? 私、全然ダメだった。最悪」
あれ。話に取り合ってくれない。聞こえなかったのかな。
「地図子ちゃんとの思い出は、楽しい思い出ばかり。本当にいろいろありがとうね」
「……てか、聞いてよ。昨日も妹の愛子と喧嘩をしちゃってさ。喧嘩といっても、いつものように私が心無いことを言って、愛子を困らせちゃったのだけどね。は~自分が嫌になる」
聞こえていないのではない。あきらかにこの話題をスルーしている。だよね。こんな話、言う方も辛いけど、聞く方も辛いもんね。でも、ゴメンね。私、絶対に後悔したくないの。お願い。サヨナラを言わせて。「あのね、私、地図子ちゃんがずっと羨ましかったの――」話をはぐらかし続ける彼女に半ば一方的に話し続ける。
「勉強の成績は校内トップクラス。運動神経も抜群。家柄も良く。性格も正義感が強くて優しくて。いつだってリーダー的存在だし。スタイルも隠しているだけで実はナイスバディだし。お顔だってその黒縁眼鏡をやめてちょっとメイクをすれば絶世の美女になると私は密かに睨んでいる。私が、地図子ちゃんに勝ることは何ひとつ無い。いつもそんなふうにやっかんでいた」
「…………」
ふと見ると、地図子ちゃんが、無言でフリカケを机に置き、両手を膝に乗せ、私の話を真剣に聞いている。
「でも、そんな私にも、パーフェクトJK尾崎地図子に勝ることがたったひとつだけあった」
「…………」
「それは、自分に素直であるということ。この一点において、あなたはこの私に到底敵わない」
「…………」
「大好きな人に大好きですと、私は素直に言える。大切な人に感謝の気持ちを、私は正直に伝えることが出来る。だから私は、たとえ今日自分がこの世界から消滅しようとも後悔はしない。――ねえ、地図子ちゃん、もっと自分に素直になりなよ。うかうかしていると、大切な人が、みんな遠くに行っちゃうよ」
眼鏡を外し、大粒の涙をぽろぽろと流す地図子ちゃん。
「…………実は、私、好きな人がいるの」
「うん?」
「でも、その人は、別の誰かに敵わぬ恋をしているの。私、その人をこちらに振り向かせたい」
「うんうん」
「だから、夜夕代、私にお化粧を教えて。私、綺麗になりたいの」
「うん。いいよ」
「じゃあ、週明けに私の家に来てね。一緒にお化粧をしよう」
「…………」
「お願い。来週もまた元気な顔を見せて」
そう言って、指切りげんまんの小指を出す。
「オッケー。指切りげんまん。嘘ついたら針千本の~ます。指切った」
「約束だよ。約束したんだからね。来週も再来週も、私たちは、いつものようにこの教室で、いつものように一緒に勉強をするんだからね。来てよ、夜夕代。絶対に学校に来てよ。待ってるから。私、待ってるから。嘘ついたら、針千本飲ませるから」
「あらあら、地図子ちゃん。お鼻。お鼻が垂れているわ。これじゃあせっかくの美人が台無しよん」
鞄からウエットティッシュを取り出し、私は、泣きじゃくる彼女の涙と鼻水を拭いた。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている
尾崎地図子 クラスメイト 優等生