104. 気になるミーティング
★視点★ 櫻小路夜夕代
和音の葬儀の日以降、肉体シェアのローテーションは、事実上私と愛雨の交代制になった。私の意識の体調は、すこぶる悪い。日増しに意識が遠のく時間が長くなり、その症状が一日のうちで幾度も訪れる。とてもまともに生活が出来る状態ではない。
挙句の果てに無意識のうちに頻繁に愛雨が出現したり引っ込んだりする始末。はじめは愛雨が無断で私の体を乗っ取っていると思ったの。だから「ちょっと、愛雨、ルール違反じゃない?!」と文句を言ったら「僕の意思じゃないよお。こちらも戸惑っているんだあ」だって。
学校へ行っても、授業を受けることもままならない。運動も、会話も、食事をすることすらしんどい。この頃は、これまでに増して保健室のベッドで横になって過ごすことが多くなった。春夏冬くんをはじめとする周囲の人たちも、さすがに私の異変には気が付いている。
通常通り生活を続ける愛雨との違いは明白。間違いない。次は私の番だ。私がこの世界から消される日は近い。
消えるのは怖い。怖いし、悲しいし、どうして私がこんな目に遭わなければならないのって正直思うし……でも、しかたないよね。足掻いたところで逃れられるわけじゃない。和音の最期を目の当たりにしているから、覚悟は出来ている。
ただ、和音みたいに、皆にお別れも出来ぬまま、ある日突然消えるのは嫌だな。どうせなら悔いのないように面と向かってサヨナラを告げたいな。神様。消え行く者のささやかな願いです。どうか叶えて下さい。
令和七年、二月二十六日、水曜日。
この日、私は、二時間目までの授業を何とか受けた後、激しく意識が遠のくのを感じて、放課の時間にフラフラと廊下を歩き、いつものように養護教諭の一里塚林檎先生がいる保健室へと向かった。
「林檎先生、いる~? もうダメ~。今日は早々にダウン~」
保健室の扉を開く。あれ、先生がいない。職員室かな? まあいいや、とりあえず休ませてもらうね。私は、L型に設置されたカーテンをシャっと閉め、ベッドに横になった。
しばらく目をつぶっていると、廊下のほうから男女の話し声が聞こえて来る。あ、林檎先生と春夏冬くんの声だ。二人は、雑談をしながら保健室に入室する。
「――で、どうなの、春夏冬くん。教室での夜夕代の様子は?」
「良くないと思います。見る限り、確実に悪いほうへ向かっている。ボクは胸が苦しい。自責の念に押し潰されそうだ。林檎先生、ボクはどうしたらよいのでしょう」
「フィンセント・ファン・ゴッホ曰く『後悔は、過去を変えたがる気持ち。反省は、未来を変えようとする気持ち』春夏冬くん、いつまでも後悔ばかりしていないで、反省をするところは反省をして、未来へ向かいなさい」
その後、春夏冬くんが、直近の私と愛雨の生活態度や、体調の様子、言動の詳細を、実に慣れた感じで事務的に林檎先生に伝えはじめた。どうやら二人とも、カーテンのこちら側に私がいることに気が付いていないみたい。会話の端々から察するに、恐らく林檎先生は、春夏冬くんの話をノートに記録している。
そして、春夏冬くんからの一通りの報告を聞き終えた林檎先生は、ハア~と大きな深呼吸をした後、改まった口調で話し始めた。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 愛雨の幼馴染 怪物
一里塚林檎 保健室の先生 イケジョ