102. 冷たい朝の光
★視点★ 櫻小路夜夕代
令和七年、二月十四日、金曜日。
深い眠りから目覚める。
私は、病室のベッドに横たわり、真っ白な天井材を眺めている
いてて。背中の傷が痛むよ~。
ちょにもお、小山田マティルダめ、よくも私の大切な体に傷をつけてくれたわね。憶えてらっしゃい。絶対に許さないんだからねえ。
…………って、私だ。
僕は、私になった。
私だ!
「……ママ。……ママってば、起きてよ!」
ベッドの傍らのソファーで、毛布に包まって眠るママに声を掛ける。
「ん~。ムニャムニャ。あら、夜夕代、おはよう。夕べはよく眠れたかしら……あれ?」
「……うん。『あれ?』だよね。どうして私がここにいるのって話よね。今日は私が体を使う日じゃないよね」
「…………」
寝起きのママの顔から表情が消える。
「今日は和音の番だよね。和音は? ねえ、和音はどこ? おかしいの。気配すら感じないの」
「……意識がどこか遠くを彷徨って迷子になっているのよ。たぶん明日になれば素知らぬ顔でひょっこり顔を出すわ。……きっとそのはずよ」
自分に言い聞かせるように呟き、沈んだ足取りでカーテンを開けるママ。冷たい朝の光が、容赦なく病室を満たす。私は、病室の虚空に向かい、まるで呪文でも唱えるかのように、何度も何度も繰り返し祈る。
「和音! お願い、隠れていないで出てきて!」
令和七年、二月十五日、土曜日。
朝。……僕だ! 愛雨だ!……嘘だろ、和音。
令和七年、二月十六日、日曜日。
……私だ!……和音。悪い冗談はやめてよ。
令和七年、二月十七日、月曜日。
僕だ!
令和七年、二月十八日、火曜日。
私だ!
「さあ、夜夕代。今日は退院の日だよ。もう立てるでしょう。少し早いけれど身支度をしなさい。今日は忙しいの。8 時にはこの病院を出るわよ。急いで急いで」
ベッドに身を起し途方に暮れる私を、ママが否応なしに急かす。
「は? 忙しい? どういうこと?」
「そう言えば、あなた、血の池公園に住んでいるお坊さんと知り合いよね。ママに紹介してくれない。お願いしたい事あるのよ」
「三休和尚のこと? お願いって何を……」
「お坊さんにお願いすることと言えば決まっているでしょう。葬儀を執り行ってもらうのよ」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっとママ、何を言ってんのかよく分かんない! 朝っぱらからふざけないで! 葬儀ってどういうことよ!」
「べつにふざけてなんかいないわよ。あの子は死んだ。和音は死んじゃったの。死んだ息子を送り出すのは、母のつとめ」
辛い現実を受け止め、その上でそれを吹っ切るかのように、ママが言う。
嘘。嘘でしょう。誰か嘘だと言って。あっけない。あまりにもあっけな過ぎる。
【登場人物】
櫻小路夜夕代 恋する十七歳 三人で体をシェアしている
櫻小路麗子 愛雨と和音と夜夕代の母