100. あばよ、相棒
★視点★ 櫻小路和音
「愛雨、夜夕代、いいか、よく聞け。テメエらみたいな弱虫は二度と顔を出すな。この程度の痛みなら、俺様が全て引き受けてやっからよ。へへへ。感謝しやがれ」
全身が焼けるように熱い。雪が冷たくて気持ちいい。俺は、虚空の二人に向かい、精一杯の啖呵を切る。
「和音、立ってはダメ! 救急車が来るまで大人しく寝ていなさい!」
尾崎地図子。いつもいつも俺に小言ばかり言う口うるさいクラスメイト。さっきまでドクドクと血を流してのたうち回る愛雨と夜夕代を前に、成す術もなくオロオロするばかりだったくせに、人格が俺に入れ替わった途端にガンガン苦言を呈しやがる。なんだかなあ。
「るっせえなあ。黙れ、尾崎。俺はよお。今から病院へ行くんだよお。一刻もはやく病院で診てもらわねえと、うっかり死んじまうだろうが」
すると、春夏冬ともみ合いを続けていたマティルダが、愛雨と入れ替わった俺を見た途端に、かん高い悲鳴を上げる。
「ぎゃああああ、ドラキュラ伯爵うううう!」
ったく、この妄想少女ときたら。マジでやってくれたな。よ~し、ちょっくら懲らしめてやるか。
「我こそは、ドラキュラ伯爵うううう! さあ、血ぃ吸わせろおおおお! 腹いっぱい吸わせろおおおお!」
「うぎゃああああああああ!」
へん。相手の妄想にあえて乗ってやったぜ。てか、すんげえ怯えてやがる。いやいや、そこまで怖がらなくてもよくね?
「すまぬっ!」
ひるんだ隙を狙い、春夏冬がマティルダに当て身を喰らわす。不意に急所を突かれ、気を失うマティルダ。さあ、病院、病院、病院だ。病院へ急がなきゃ。一歩……二歩……三歩前進したところで力尽き、どうと倒れる。「和音!」「和音くん!」「言わんこっちゃないわ、和音の馬鹿!」春夏冬、蛇蛇野、尾崎が、ぶっ倒れた俺を取り囲む。
「おい、蛇蛇野、救急車、まだあ?」
「さっき呼んだから、間もなく到着すると思う。それまでどうか頑張って」
「いや! 和音、死なないで!」
「安心しろ、尾崎。あいにく俺は死なねえよ。死んでたまるか。俺と愛雨と夜夕代は、これからもずっと一緒。一緒に成長をして、一緒に立派な大人になるんだ。誰にも邪魔はさせねえ。邪魔をするヤツは、神様だろうが仏様だろうが、俺が許さねえ」
「死なないで! お願い、死なないで!」
「死なねえって言ってんだろうが。ギャーギャーうるせえ女だぜ。まったく、てめえは俺の保護者か」
雪空を、真下から眺めている。天から舞い降りる雪の一粒一粒がホコリみたいで汚らしい。やべえ、意識が朦朧としてきた。おい、愛雨、夜夕代、俺の意識が遠のいても絶対に顔を出すんじゃねえぞ。大人しく虚空に引っ込んでいろよ。もし顔を出したら許さねえからな。そん時は絶交だからな。
春夏冬が、倒れる俺の上半身を、包み込むようにそっと優しく抱きかかえる。それから、潤んだ目で俺の顔を一心に見詰めている。へへへ。なんだか文化祭のあの瞬間みたいで照れるぜ。でも、嬉しい。嬉しいなあ。胸がドキドキするよ。さあ、遠慮なく俺を抱きしめてくれ。頼むよ。もっと強く。二度と離れないようにギュッと。
「楽しかったな。春夏冬」
「うむ。楽しかった」
「あばよ、相棒」
「死ぬな、和音」
「……俺、本当は、本当はずっとお前のこと……」
夜の果てから救急車のサイレンの音が聞こえてくる。……ちっ。遅い。おせえよコノヤロー。
「え? なに? なんだって? おい、和音! しっかりしろ! おい!」
ひどく疲れている。
たまらなく眠い。
ちょっと休憩。
【登場人物】
櫻小路和音 荒ぶる十七歳 三人で体をシェアしている
春夏冬宙也 幼馴染 怪物
尾崎地図子 クラスメイト 優等生
蛇蛇野夢雄 クラスメイト 陰湿 悪賢い
小山田マティルダ 妄想の世界の住人