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僕と、俺と、私の、春夏冬くん  作者: Q輔
僕は、愛雨
10/117

10. 和音が僕の体を訪れた時の話

★視点★ 櫻小路愛雨さくらこうじあいう

 和夕代がこの体を訪れた時のことは、今でもハッキリと憶えている……と言いたいところだが、実は、記憶がところどころおぼろげだ。

 先ず、和音が僕の体を訪れたのは、今年度の一学期の中間テストを終えた直後だった。

 その日、僕は、母さんから、なみなみと水を張った浴槽に顔を沈められるという折檻を受けていた。折檻の理由は、テストの成績が悪かったから。

 母さんは、僕が幼い頃から教育に熱心で、僕のテストの成績が悪いと、イーッとなって僕の頬を叩く、髪を引っ張る、蹴る、などの折檻をした。

 でも、思春期を迎えた僕が、母さんの背丈を追い抜き、成人男性の体格へと変化を始めると、さすがに直接暴力を振るのを臆するようになり、その頃には、折檻をある男に代理させるようになっていた。

 その男というのが、母さんが「(ごう)()さん」と慕う、もとは父さんの会社の従業員だった男だ。業多は、母さんの彼氏というか、未亡人を付け狙う寄生虫というか、見たところ母さんより少し若い感じで、腕や背中に刺青が入っていて、とにかくガラの悪いやつだった。

 僕が中学三年のある時期から、当然のように自宅に上がり込んで来ては、僕の目の前でこれ見よがしに母さんとイチャつくし、母さんがいない時は、煙草の煙を僕に吹きかけて笑うなどの嫌がらせをする、とにかく最低のやつだった。

「お願いだよ、母さん、あんな男とは別れてよ」と僕が何度お願いをしても、「女一人で生きて行く大変さが愛雨に分かる? 今の私には業多さんの援助が必要なの。愛雨の学費だって彼がくれたお金で払っているのよ。業多さんに感謝しなさい」といつも逆にお説教をされる始末だった。

 息子の僕がこんなことを言うのは変だけれど、母さんは、男癖がよろしくない。早くに父さんを亡くしたからか、業多に限らず、昔から様々な男と交際しているのを僕はこの目で見ている。重ねて息子の僕がこんなことを言うのは変だけれど、母さんは、イーッてなる性格の関係で、恐らく普通の女性よりも性欲が強いと思われる。激しい感情の揺れや不安が、性的な欲求に変換されているのではないだろうか。とにかく、子供ながらに、薄っぺらな襖の向こうから、母さんとその彼氏たちの男女の営みの声を聞くのは、たまらなく嫌だった。

 おっと、話しを戻そう。

 その日、僕は、母さんから、なみなみと水を張った浴槽に顔を沈められるという折檻を受けていた。折檻の理由は、テストの成績が悪かったから。

 代理人の業多に、後頭部の髪の毛を鷲掴みにされ、浴槽に顔を押し付けられる。激しくもがく。窒息する寸前に水面から引っ張り上げられる。この繰り返し。水中から解放されると、涙と鼻水を垂らして母さんのほうを振り向き、助けを乞う。母さんは、腕を組み、氷のような表情でただ黙って見ているだけ。

 苦しい。苦しいよ、母さん。中間テストの成績が悪かった? 冗談でしょう? 5教科どれも80点以上だよ? 僕、じゅうぶん頑張ったと思うよ? もっと良い点数を取らなきゃダメ? でも、僕は僕なりに頑張っているんだよ? ねえ、母さん、どうしていつも叱るばかりなの? どうしてたまには褒めてくれないの? ねえ、母さん、僕ってそんなにダメな息子かなあ?

 死ぬ。このままでは遅かれ早かれ窒息死する。実に短い人生だった。実につまらない人生だった。何回も浴槽の水面に顔面を沈められていると、何だかもう、生きていることがバカバカしくなり、僕は水中でヘラヘラと笑った。――すると、どういう訳か今度はその浅ましき絶望を一瞬で打ち消すような感情が、心の底から込み上げてきたのだ。

 業多を殺す。

 ただで死んでたまるか。母さんに寄生する虫けら野郎。この業多という男だけは絶対に殺す。今日まで抱いたことのない残忍な気持ち。憎悪。殺意。何だ、この感情は? いったい誰の感情? 

 この刹那、僕の記憶は途絶えた。 

 意識を取り戻したのは、翌日の朝のこと。その間の記憶がまるで無い。何も憶えていない。そして、この日僕は、母さんから、この体に和音という新しい人格が訪れたことを知らされた。

【登場人物】


櫻小路愛雨さくらこうじあいう 悩める十七歳 三人で体をシェアしている


櫻小路麗子さくらこうれいこ 愛雨と和音と夜夕代の母 


業多ごうだ 麗子の彼氏 反社まがいの男

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