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朝になって、僕はベットの上で寝返りをうった。まだ、もう少し眠っていたい。そう思いながら、左手に柔らかい何かを握っていた。
柔らかい何かってなんだよ。と、思い重いまぶたを少しだけ開けると……そこには、黒髪の女の子がコチラを凝視していた。
「………………痛いです」
蚊の鳴くようなか細い声が僕の耳に届いた。
見ず知らずの女子にガン見されている事よりも驚いたのは、僕の左手に握られていたものが女の子の胸部だったことだろうか。
「す……………すぃません……………」
何故か僕までか細い声になってしまった。
…ていうか、誰??
「私の事は、頭の狂ったピエロとでもお呼びください。」
女の子は、瞬きする事を知らないのか、僕が何回も瞬きする間、ずっと僕を凝視したままだ。
「いや、いやいや、いや?」
なんか、人としてやりづらい。この感じ…昨日もあったような。
「もしかして、昨日の人?」
「もしかしなくても、昨日の人デス」
でも、見た目が少し違うくない??だって、昨日は自分よりも背が高い男の人だったのに、いま目の前にいる人は中学生くらいの幼い女の子になっていた。
「貴方のプロフィール欄に、年下の少女が好き。とありました。」
プロフィールとは、いったい何のことを言っているんだろうか?
「僕のプロフィールってSNSにさらされてるの?」
「SNS……とは?」
今日は質問に質問で返されたような状態になっていた。昨日は質問に質問で返すなってそっちが言ったくせに…。
「失礼しました。プロフィールというのは、天界に所属している一人に一冊渡されている人間の個性を記したノート?のような物とでも言えばよろしいでしょうか」
少女は、まるでAIかのように淡々と述べた。
「えっとーそこには他に何が書かれているんですか?」
「いまでも厨二病をこじらせている。とかでしょうか」
「わ、わーーーーー!」
聞きたくない事が聞こえてきたので、両手を前に出して大きな声を出した。狭いベッドに二人が寝ていたので、押し出された女の子がそのまま床に落ちていった。
ドサッ
「あ、すいません!!!大丈夫ですか?」
僕は、急いで落ちていった女の子を目で追うためにベッドの端から顔を覗かせた。女の子は、床に転がった姿のままピクリとも動かず、目をつぶっていた。
「私のことは『少女』と呼んでくれませんか?」
「え?(何言ってんだ、この人…」
僕が戸惑っていると、看護婦さんがやってきた。
「あら、衛くん。どうしたの?何か落とし物?」
「え?」
僕は床から視線を上げた。もう一度、視線を床に戻す。たしかに全身真っ黒い装いの少女がいる。僕の視線を追いかけ看護婦さんも視線を床に落とすも、そこには誰もいないように映っているのか、床に転がってる人を起こそうとする仕草もない。
「えっと……?」
「今日もリハビリの時間だからね」
でも、昨日は僕の母と彼が会話をしていたはずで、ちゃんと人として認識されていたはずなのに、これはどういうことなのだろうか?
「はい。松葉杖、準備できたら一人で行けるかな?」
「はい。大丈夫です」
看護婦さんの後ろ姿を見送ると、僕はもう一度床に目線を落した。すると、そこには女の子はいなくなってしまっていた。
「すいません。私は…人間ではないんです」
「え??……ビックリした」
気がつくと女の子は、ベッドの窓側に移動していたようだ。なにやら、窓の外を確認しているようにも見える。とりあえず、めんどくさそうなので、相手の話をいったん無視することにした。
「僕はリハビリに行かないとなので、貴女はどうされますか?」
ベッドの横に置いてもらった松葉杖で立ち上がると、僕は女の子に振り返りながら聞いた。
「ついていってもよろしいですか?車椅子で」
「いいですけど、さっきみたいに人に見えていないと車椅子だけが勝手に動いてることになりませんか?」
窓の外を確認するのをやめ、女の子は考えるような素振りを見せる。
「そうですね。仕方ないので、出力をあげましょう。あと、私のことは少女とお呼びください」
僕が分からない事を深堀りしてこない事よりも、どうやら呼ばれ方のほうが気に入らないらしかった。
「はいはい」
とりあえず、相づちを打つと僕は松葉杖をヒョコヒョコと動かして自分の病室を出た。少女と呼んで欲しい女の子は昨日一階から持ってきたままだった車椅子に座って僕の後を追いかけてきた。