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1/2

ー1ー


 今週もあの人がやってきた。早く…どこかへ早く逃げないと………。

「はぁ…はぁ……………」

コツコツ…トット………

 僕は1人、大きな病院から脱出するために、動かせない右足をかばいながら、松葉杖を高速で動かした。

 いくら高速で動かそうとも頭と身体の動きは比例してくれない。逆にあまりにも早く動かそうとするあまり、僕は病院の廊下でつんのめって今、まさに転びそうになった。

「(あーあ、大きな病院でこんなに人が見てるのに………恥ずかし」

 日常的にネガティブな僕が、転んだ後のことを想像して、自分が受ける醜態への悲しみを先に少しでも軽減しようと頭がもがこうとする。

「ねぇ、大丈夫?って」

「………え?」

 気付いた時には、僕は床に転がってなどいなくて、髪の長い女の人?に抱きかかえられていた。女の人のどこに高校生男子を支えられる力が備わっているんだ?

「そんなに急いでどこに行くの?」

「あ、えと……外?に?」

 落ち着いて相手の声をよく聞いて見たら、結構低めの低音で男の人だったと頭の中を修正する。

「ふーん。よっと」

 相手の人は、僕の体をその腕の中にすっぽりとおさまるように持ち上げると病院の入口に置いてあった車椅子に僕を座らせた。

「な、な、なにしてるんですか?」

「何もしてないでしょ。松葉杖より車椅子のほうが安全かなって判断しただけ」

 そのまま、見ず知らずの彼は僕の真後ろに立つと、その車椅子を押し始めた。

「えーと…」

「外に出たかったんじゃないの?」

「そうなんですけど」

 なんで、僕はいま見ず知らず人に車椅子押されてるんだろう?

 病院の出入り口を出ると、彼はスロープの坂を下り、中庭のバラ園へ中へ向った。

 僕は車椅子に乗せられているので、まるでバラ園に身を隠しているかのようだ。

「わ、キレイ」

「外に行きたいって言うから、ココに来たいのかと思ったんだけど、違ったみたいだね。脱走したかったの?」

 なんで、この人は出会ったばかりの僕に、そんなにズケズケと物を聞いてくるんだろうか。

 僕が黙っていると、彼はバラ園の赤いバラを1輪むしり取ると、茎にあるトゲを丁寧にとった後で、それを僕に差し出してきた。

「………………。」

 ここに、どんな意味が込められているんだろうと思うと、なんだか上手くリアクションも取れずにいた。

「もしかして、キミも彼女みたいなタイプ?」

「え?」

「華をプレゼントされても嬉しくないタイプの人?なの?」

 僕のリアクション薄めな態度に、相手が少し困っているようだ。いや、イラついているのかな。

「えと、彼女いるんですか?」

 僕は、自分が気になったことを口にしてしまった。

「いまは、俺が質問してる番…だよね?」

 話のラリーに順番ってあったんだ。いろいろ調子が狂う話し方の人だな。話の順番からしたら、僕の質問のほうが妥当で他の人でも気になると思うんだけど。

「すいません。人から華を贈られた事がなくて分かりません」

「そっか………」

 華を贈ったら、誰でも喜ぶと思っているのか、相手はあからさまにシュンと言う効果音が似合うくらいガッカリしてしまっていた。

『人間が世界に生まれさえしなければ、華はココに咲いたままいられたのに……』

「え?」

 いま、どこから声が出たんだ?と言いたくなるくらいに澄んだ女の人の声がどこからか再生された。

「彼女が言っていた言葉。その人は、この世界が人間のモノではないかのように思っていて、華を摘み取る人がいなければ、その1輪の華はキレイに自然界で咲いたままいられたはずのに……って」

「うーん……確かに、人間が自然に生かされているという価値観だと、そういう考え方もできますね」

 ただ、あまり常人の考えることではないような気もする。

「あ!こんなところにいた!何してるの!!」

 そこへ松葉杖を抱えた母がやってきてしまった。

「勝手に外に出たらダメって言ってるでしょ」

 リハビリさえ上手く行けば後は退院だけなのだが、口うるさい人がこうしてたまに様子を見に来てしまうのだ。

「あと、そちらの方は誰?」

 母が不審そうに彼を見つめている。

「俺は、彼の友人です」

「(え………?」

 いま出会ったばかりの彼は、僕のことを友人だと語った。

「あら、そうなの?学校の友達か何かなのかしら」

「まーそんなところです」

「(…どうしたら、そんなに嘘を簡単に口に出来るんだ?そもそも学生の見た目じゃなかっただろ」

 僕が自分の意志で勝手に部屋から抜け出したのではないと知って、母は少し気持ちが落ちいたようだ。

「それ、受け取りますね」

 何かを察した彼は、母から松葉杖を奪うと車椅子を押して病院に戻り始めた。

「新しい下着とか荷物は部屋に置いてきたから、私は忙しいからもう帰るわね」

「うん………ありがとう」

 母とあまり顔を合わせたくなかったから、すぐに帰ると言ってくれてよかった。

 彼は、小脇に松葉杖を抱えるとズンズンと車椅子を押していく。エレベーターに乗り込み四階を押す。…僕の病室がどことか言ったっけ?

 チンッ

 という、エレベーターが四階についたことを知らせる音がなった。

 彼は、中庭から僕との会話もなく、僕の病室へとたどり着いてしまった。病室にたどり着いてようやく口を開いた。

「『心枝ココノエ マモル』…ここかな?」

「あ、そうです。すいませ…」

 僕は、立ち上がって松葉杖を受け取ろうとした。のに、彼は松葉杖を持ったまま僕の病室に入っていってしまった。どれだけ勝手な人なんだよ。僕は、仕方なく片足ケンケンなる動きで、自分のベットまでたどり着いた。

 「あの、もしかして、僕の病室を知ってたんですか?」

 カーテンを開けて、外の景色を眺めていた彼が振り返った。

「いや?いま、病室までついて知ったよ」

「え…でも、迷いなくココまで来ましたよね?」

 少しだけ彼に対する恐ろしさを感じていた。

「俺は、この病院通いが結構長いものでね」

 …だから、なんだ?どうしたら、僕の病室を特定できるんだ??

「もしかして、休日のお医者さん??」

「は?俺が?まさか」

 否定されたけれど、他に思いつくものもなくお互いが沈黙する。その沈黙を先に破ったのは彼だった。

「さてと、そろそろキミの願いを聞こうじゃないか」

 仁王立ちの彼がベッドの上の僕に問いかける。

「はい?」

「俺を呼び出したのは、そっちだろ」

 あー本当に…眉間がピクピクとしてきた。話が噛み合わなくてイライラするとはこの事。

「いますぐに死にたい。眠れない。つまらない、かといって学校にも行きたくない人の願いって何?」

 そんな僕へどこかで聞いたことのある言葉が降ってきて、自分でもポカンとしてしまった。

「え?」

「昨日の夜、俺を前にしてキミがそう言ってたよね?」

 昨日の夜、もうすぐリハビリが終わってしまうし、家にも帰りたくないし学校にも行きたくない本音が一人の病室に響き渡っていた。

「病室に独りきりだと思っていたのは僕だけだったということでしょうか?」

「そーゆーことだね」

 どうやら昨日の夜、独りだと思っていた病室にすでに彼は潜んでいたらしい。

 苛立ちと恥ずかしさの指数が同じ時、人はどんな顔をしたらいいのだろうか?

「べつにわざわざ顔を作る必要、ある?」

 あ、これは…人の心まで勝手に読むタイプのヤツだ……間違いなくやりづらさ満載な人だ…。

「僕は!!静かに暮らしたいんです!貴方みたいな人に心を揺さぶられない日常が送りたい!DEATH」

「はい。残念賞。俺は心にもないお願いを聞くことは出来ない決まりの元、派遣されてますので嘘、偽り言はご遠慮ください」

 先に言っといて……そういう契約事項みたいなの。でも、心になくはない願いだったような気もするんだけどなんか、泣きたくなってきた…。僕の本当にしたい願い事??ってなんだろう。

「えと……死ぬ前に恋愛小説みたいな恋愛がしたい!デス」

「あーいいんじゃない?そーゆー感じ」

 おい、こら。真面目に聞いてましたか??

けっこうな本音出しましたよ僕。ねぇねえ!

「じゃ、その方向性で行こうか。まずは、ちゃんと眠りについたほうがいいよ」

 そう彼が呟くと、僕は1週間くらい眠らずにいた眠気が一気に襲ってきたかのようにバタリと眠りについてしまった。

「……ちょ、まだ夕方前………………de」

「おやすみなさい。良い夢を」

 眠りに落ちていく瞬間に見えた彼の姿は、さながら悪魔みたいな笑い声を発していた。

 だからといって、僕はどうすることもできず、言われたまま深い深い眠りについた。


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