第九話 呼び出される侍女
あの事件からほどなくして詳しい調査が行われ、盗難事件の犯人とされた嫌がらせを行った侍女と使用人が全員解雇された。
彼女らは最後まで罪を認めることはなかったし、コソ泥令嬢の異名を持つミリアがやったのではないかと囁く者もいたが、そんなことはどうでもいい。
ペンダントの恨みを晴らせた。それだけで充分なのだから。
それに、騒動の副産物として思わぬ物を得られた。
「ごめんなさい。私はまるで気づかなくて。あなたたち侍女のことにもっと気を配っていれば良かった」
「おやめくださいませ、ベラ殿下。謝罪しなければならないのはこちらの方ですわ。殿下を不安に晒してしまいましたもの」
「ミリアは辛い思いをしたでしょう?」
「陰口を叩かれるのなんていつものことですので、何も問題ありません。ご心配いただくほどのことでは……」
「それでも私に責があるわ」
何も悪くないはずなのに、申し訳なさそうに微笑するベラ殿下。
さすがにミリアの中のなけなしの良心が痛んだが、直後にされた提案で良心はあっという間に吹っ飛んだ。
「私に可能な範囲で、願いを叶えてあげる」
願いという言葉に目を輝かせてしまう。
ミリアは欲しいものは自分で掴み取る主義だ。だから普段なら首を縦に振らなかっただろう。けれどどうしても入手困難で、かつ必要なものがあった。
「研磨剤をくださいませんでしょうか。盗難事件の際に、傷つけられてしまったペンダントを直したいのです」
「そんなことでいいの……?」
「なんて欲のない」と驚愕されながらも、ミリアの願いはすぐに聞き届けられ。
ミリアにとっては最良の結末となったのだった。
もっとも、それだけでは終わらなかったのだけれど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ミリア・フォークロス。貴殿に呼び出しがかかっている」
就寝時間。
ベッドの上でベラ殿下から受け取った研磨剤でペンダントの石を研いでいた最中にノックをされ、誰かと思って慌てて出てみれば、そこに見覚えのある男が立っていた。
姿を見たのは確か皇帝陛下の尾行中だっただろうか。男は、この国の宰相だった。
単なる侍女でしかないミリアの元へ宰相が訪ねてきたというわけである。
怪しい。とんでもなく怪しい。思い当たる可能性としては騒動の件についてくらいなもので、もしそうだとしたらミリアの侍女人生は終わる。
うまく誤魔化せたはずなのに――と狼狽する内心をどうにか隠して対応した。
「呼び出し、ですの」
「皇帝イーサン・ラドゥ・アーノルド陛下からだ。陛下は貴殿と言葉を交わしたいと望まれている。当然ながら拒否権はない」
えっ、と声を漏らしそうになるのを寸手で堪える。
てっきり捜査機関か何かからかと思ったら、まさかの皇帝陛下。
皇帝陛下が他人を呼びつけるなんてよほどのことに違いない。可能性は低いだろうと勝手に断じていたが、名を勝手に使ったことに激昂したのか。
ますます身構えるが、呼び出しばかりは逃げてもどうにもならない気がする。
「その、ご用件を伺っても?」
「のちほど陛下の口から直接お言葉を賜れ。陛下は謁見の間でお待ちでいらっしゃる」
「…………承知しました」
宰相は念を押すようにこちらを見つめて、それから去っていった。
どうやら行くしかないらしい。
でも、お叱りだとは限らないとミリアは思い直す。
――わたしったら何をビビってんのよ。むしろ、これは最高の好機かも知れないでしょうが。
呼び出された。それはすなわち皇帝陛下の中でミリア・フォークロスの存在が確かになったという証。
加えて真正面から向き合える機会を与えられたということでもあり、その場で強く関心を引ければ手っ取り早い。
上手くやれるかはわからないけれど挑戦するだけの価値はある。地道な積み重ねは大事とはいえそろそろ行動を起こす必要があると思っていたのだ。
ドレスは手持ちの中で一番華やかなものを選んだ。嫌がらせで水浸しにされたものだが、今はすっかり乾いて美しさを取り戻し、星空が散りばめられた夜空に似た光沢を放っている。
先ほどまで磨いていたペンダントの石をお守り代わりに忍ばせると、皇帝陛下に臨む覚悟はできていた。
謁見の間は、目が痛くなるような眩さだった。
城の中でもきっとこの場所が最も贅が尽くされている。国内の貴族はもちろん各国からの来賓も招く場所なのだから当然だ。
そんな一室の奥に据え置かれた真紅の帝座の上、足を組んで座る皇帝陛下の姿があった。
「面を上げよ」
「はい」
深く腰を落として淑女の礼の姿勢を取っていたミリアは、ここで初めて視線を交えることを許された。
血の色の双眸は今日も今日とて背筋がゾッとするほど恐ろしい。
「ごきげんよう皇帝陛下。陛下直々のお呼び出しをいただけるなんて光栄の極みですわ。ミリア・フォークロス、馳せ参じました」
彼の前で怯まずにいられるのはミリアくらいなものだろう。
もしも向けられた視線に殺意が見えたならそうもいかなかっただろうが……相手がいつも通りならこちらもいつも通りに振る舞える。
感情が全く読めないのも、いつ剣を突きつけられるかわからないのも変わりはしないけれど。
「何の呼び出しかは察しているか」
「いいえ、わたしごときでは皇帝陛下の尊きお考えなど想像がつきませんもの」
半分嘘で、半分本当。
糾弾されるのか。それとも本当に話したいだけなのか。本当のところ彼の真意は掴めていないから。
白々しいとでも言いたげに鼻を鳴らしてから、皇帝陛下は確認するように言葉を紡いだ。
「先日、盗難事件が発生したと聞いた」
「皇帝陛下のお耳にも入ってしまっていたとは。お騒がせいたしました。わたしども侍女の不始末にございます」
「我が妹曰く責は使用人ではなく彼女自身にあるという故、深くは問わない」
「皇帝陛下、並びにベラ殿下の寛大なお心に感謝しますわ」
ここまでの淡々とした会話は前置きに過ぎない。
勝負は今からだ。
ミリアがそれを悟り、隠し持っているペンダントをドレス越しに強く握り締めたと同時、本題に切り込まれる。
「ところで――今回のことを企んだのは、貴女ではあるまいな?」
これ以上にない直球の質問。
わずかな温度も感じられず、答えを誤ったら死につながるその問いに、ミリアはにっこりと笑みを深めた。
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