第十四話 ハリエット・ペリン公爵令嬢の来訪②
「わたしも気になりますわ」
ミリアが声を発してしばらく、沈黙が落ちた。
予想外過ぎたのだろう。ベラ殿下のおまけでしかない侍女が口を開くだなんて。
ペリン公爵令嬢の口元がわずかに引き攣っているのが扇越しにでもわかった。
「貴女の名は?」
「ああ、申し訳ございません。わたしはベラ殿下付きの侍女、ミリア・フォークロスと申します。皇帝陛下についてのお話とお聞きして、つい余計な口を出してしまいましたわ」
慌てて非礼を詫びる風を装って頭を下げる。
もちろん本当は慌ててなどいないし、全く申し訳ないとは微塵も思っていないけれど。
「フォークロス家の……なるほど。イーサン様と貴女に何か関わりがおありなのですか」
「関わりがあるというほどのことではございませんけれど、たいへん光栄なことに少しばかり親しくさせていただいておりますので、お詳しいのであればお話を伺いたいと考えただけですの」
「少しばかり、親しく……?」
何を言っているのか理解に苦しむと言いたげな目で見られたが、ミリアは一歩も引かない。
ペリン公爵令嬢はおそらく、冷酷非道と囁かれる皇帝陛下が侍女でしかないミリアに話しかける姿など想像できないのだろう。
だからこそ有利に立てた。
――内心かなり動揺してるでしょうねぇ。
フォークロス家は貧乏とはいえ家格は伯爵位。ギリギリ下級貴族ではないから皇帝陛下にその気がありさえすれば婚約を結ぶことだってあり得るのである。
ペリン公爵令嬢よりミリアの方が皇帝陛下に近いと思わせたなら、もっと動揺してくれるだろうか。
「この子、あの兄に気に入られているみたいで。あの兄が誰かを認めるのはなかなか珍しいから私も驚いてるの」
ベラ殿下がミリアを庇うように言ったが、それはむしろ逆効果となる。
逆効果となってくれた方がミリアも嬉しいので構わないのだけれど。
「それはとても素晴らしいことですね。フォークロス伯爵令嬢は麗しいと評判です。それ故、イーサン様のお眼鏡に適ったのでしょうか」
ペリン公爵令嬢の声は艶やかでありながら冷め切っていた。
麗しいと評判――ということは実物はそこまでではないという意味か、あるいは礼儀がなっていないなら容姿の美しさなど無意味だと暗に言っているのか。言葉の中に含んだ棘を隠そうともしていない。
「お褒めいただきましてありがとうございます。ですがペリン公爵令嬢やベラ殿下と比較いたしましたら、わたし程度大したことはございません。皇帝陛下がお優しいから良くしてくださっているに過ぎませんの」
「そうなのですか。わたくしは十年ほど前にお会いして以来なのですが、まさしく太陽のような方だと思いました。眩過ぎて焼き尽くされそうなほどに」
「……? ええ、ええ、わかりますわ」
眩過ぎて焼き尽くされそう?
ミリアは初めて皇帝陛下と対面した時、『帝国の太陽たる皇帝陛下』と称した。それは皇族への挨拶の口上によく用いられると、フォークロス伯爵家で習ったからだ。
しかし実際会ってみた皇帝陛下は氷のようで、人殺しの匂いがして、それでいて面白い女がお好きで――太陽とは縁遠い人柄なのだが。
十年前といえば皇帝陛下はまだ齢十歳だったのだろうが、それにしたって性格が大きく変わったとは考えにくかった。当時、幼いながらに貧民街でコソ泥をやっていたミリアは今もほぼそのままなのだし。
お前ごときでは皇帝陛下の隣に到底並び立てないと言いたいがために太陽の比喩を使ったのなら理解できる。というか、きっとその解釈で間違いない。
「侍女になることを選んだのは太陽に魅入られてしまったからかも知れません。皇帝陛下のお導きのおかげで、わたしはこの城で働き、ベラ殿下の……そして皇帝陛下のお傍にあることを許していただいていますわ」
最もペリン公爵令嬢を挑発できる言葉選びをした。
ベラ殿下はともかく、ミリアは皇帝陛下の傍付きではない。故に、皇帝陛下と親密なのだというさらなる誇張となるのだ。
なのに。
「フォークロス伯爵令嬢はどうやら、儚げなご容姿に反して度胸がおありのご様子。ベラ様とイーサン様がお気に召されるのも、納得です」
納得、されてしまった。
負けを認めたわけではないだろうに、そこを認めてしまっていいのかと拍子抜けする。
そのくせ橄欖石の瞳は鋭いままなのだから、いまいち彼女の思考がわからない。
とはいえ皇帝陛下と比べてしまえばずいぶんとわかりやすいけれど。
考えられるのは、皇帝陛下に妾の一人や二人いても構わないと妥協したという可能性。
もしくは警戒しつつもあえて気にしていないように振る舞っているようにも見える。
――どちらにせよ、わたしの煽りはきちんと効いてくれたってことかしら。
今回狙っているのは圧倒的な勝利ではない。ただ牽制できればそれでいいのである。
ここが引き時だろう。そう判断して、一歩後ろへ下がった。
困った顔でミリアとペリン公爵令嬢のやり取りを静観していたベラ殿下は、それだけでこちらの意図を察したらしい。
にこにことした笑顔で場を収めてくれた。
「ごめんなさい、お客様に立ち話をさせてしまって。兄が待ちくたびれているでしょうから、私どもはそろそろ」
この場で一番身分が高いのは言うまでもなくベラ殿下だ。
ペリン公爵令嬢にとっては不完全燃焼だろうし、多かれ少なかれ不満はあっただろうが、応じるしかないのだった。
「承知しました。それではまたのちほどのお茶会で」
「お待ちしてるわ」
優雅に歩き出すベラ殿下。ようやく我に返ったのか、急ぎ足でその後を追うもう一人の侍女。
ミリアも軽く礼をして、ペリン公爵令嬢に背を向ける。
その直前にちらりと彼女の方を見やると、微動だにせず、ただじっとミリアを睨みつけていた。
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