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第十二話 変化する関係性

 謁見の間でのことはミリアの日常――というより皇帝陛下との関係性に劇的な変化をもたらした。

 当然悪い方向ではなく、望んでいた通りに。舌戦において勝利を収めたのだから当然である。


 それはとても喜ばしいことだ。

 喜ばしいことなのだけれど。


 ――いきなり積極的になったわね!?


 朝早くに目覚め、部屋を出てすぐに違和感を得た。

 どうしようもなく全身がざわざわし、周囲を見回すと――遠くからこちらを射抜く、血の色の双眸があった。


 皇帝陛下に見られている。

 廊下の向こう側でも、堂々とした佇まいと巨漢であるおかげで丸わかりだ。影に身を潜めていない時点で隠そうとも考えていないのだろう。


 彼は本来、この時間は起床前のはず。なのにどうしてこんなところにいるのだろう、まじまじと見つめ返すこと数秒、睨み合いを続けても仕方ないのでこちらから話しかけた。


「おはようございます、皇帝陛下。何かわたしに御用でございましょうか?」

「貴女を監視しにきた」

「監視……?」

「昨日のアレで済むと思ったか。貴女の言を認めるとは言ったが、完全に疑念が晴れるわけではない」


 つまり皇帝陛下はミリアのことを知りたがっているらしい。

 昨日のミリアの言葉を受け、自分について教えるのは気に食わないと考えて、逆に迫ってやろうと考えたのだろうか。

 こちらから向かっていく手間が省けて何よりではあるが、そこまで気に入られたという事実に驚愕する。


「侍女のお勤めをしている他には、特に何もありませんわよ?」

「いいから余のことは気にせず職務をこなせ。余もついていく。……とはいえ職務がある故、監視の時間は限られるがな」


 嫌だと言ってもついてくるのだろうし、そもそもこっそりと尾行したミリアよりは皇帝の方が何倍も良心的だったので、拒否するのは不可能。そしてもちろん拒否するつもりもない。

 皇帝の目と皇家の影の目、どちらにも晒されることになる。しかしこうなることは想定済みであった。


「承知しましたわ。では、お言葉に甘えさせていただくとしますわね」


 ふわり、と微笑んで、皇帝陛下から視線を外す。

 外すのは視線のみで、意識はずっと向け続けなければならない。


 思わず魅入ってしまうような行動を繰り返せば、皇帝をますます惹きつけられる。認められたのが気に入られたに進化した程度で安心してはいられなかった。

 だってミリアが目指すのは最愛の座。そう易々と手に入れられるものではないのだから。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「新しい侍女が入るまで少し時間がかかりそう。その間、頑張ってくれる?」

「ええ、もちろんですわ。ベラ殿下をお支えすることがわたしの務めですもの」

「よろしくお願いね」


 侍女の大人数が抜けてしまったことで空いた穴を埋めなければならず、仕事の時間が大幅に増えて、皇帝陛下のことと同時進行でやらなければならないのはかなり大変だ。

 けれどもそれだけ活躍の機会が増えるということだから、助かる一面もあった。


 皇帝陛下にとって魅力に感じるもの、それは『面白さ』。

 今まで選んできた方法は間違っていなかったと実証されたのだ、模範的な侍女でありながら、他の令嬢とは一味違うと感じさせるのが最も効果的だし効率的に違いない。


 香水は、甘く優しい香りから刺激的なものへ。職務は今までより一層丁寧にこなし、かつ身のこなしの柔らかさを強調する動きを心がけた。

 時たま皇帝陛下と目が合った時にはとびきりの笑顔を見せる。


 ――もっとわたしのことを目に焼き付けるがいいわ。


 監視されながらの日々はめまぐるしく過ぎていった。


 有言実行で一日の大半をミリアの監視に費やすことにしたらしい皇帝陛下。

 彼がミリアから離れるのは、午前の執務時間と午後の稽古場でひたすら剣を振る時間――そしてベラ殿下とミリアが二人きりになる時だけだった。

 皇帝陛下とベラ殿下の仲はよほど悪いのか、居合わせたくもないという断固たる意志が見えた。


 兄弟とはそういうものなのだろうか。

 ミリアは生まれてこのかた兄弟どころか家族すらろくに持ったことがないため想像もつかなかった。二人の間に何があったのかは知らないし、別に知りたいとも思わない。

 だが問題なのは、いざ皇帝陛下の最愛になった際に、ベラ殿下の反感を買う可能性があること。あくまで可能性でしかないができれば避けたいことだ。


 だから、忙しない仕事のわずかな隙間時間に少し訊いてみた。


「皇帝陛下は、ベラ殿下のことがお嫌いですの?」

「どうしてそう考える」


 見ていればわかることである故、おそらく問い返されたのは質問の意図についてだろう。

 そうとわかっていてもこちらの真意を言うわけにはいかないのではぐらかす。


「ベラ殿下から以前お聞きしましたのよ。皇帝陛下と不仲だ、と。それに陛下もベラ殿下を明らかに避けておいででしょう」

「あれとはかつて色々あったのだ。貴女に詮索して何の得がある?」


 案の定この話題は地雷だったらしい。ベラ殿下のことは『あれ』呼ばわりな上、皇帝陛下の表情はいつになく不機嫌に歪んでいた。


「気になっただけですわ。ベラ殿下の、仕えさせていただいている主の表情を曇らせた理由が何なのか。そして皇帝陛下のことを知れる手がかりになるかも知れませんし。いけませんか?」

「ふん。貴女はただの監視対象だ。余が何でも教えてやるわけではない」


 ――これだけ張り付いておいて、まだただの監視対象止まりなんて言い張るの? 仕方ないわねぇ。


 この質問は時期尚早だったか。

 もう少し、もう少しだけ心を掴むことができたら返答が得られる気がした。


 本当に監視するだけが目的なら最初から都合の悪い話題は無視してもいいのに、そうしないのは関係性が変化した確かな証だとミリアは思っている。

 皇帝陛下は認めないだろうけれど。


「承知しました。なら、何について答えていただけますのかしら」

「余のことを知りたい……だったか。簡単なことであれば構わないが」

「では――」


 早めに兄妹関係を改善させるのは諦めるしかないだろう。今まで通り焦らずじっくりゆっくり距離を詰め、それから手を加えることになりそうだ。

 せっかく答えてもらえるようなので、皇帝陛下の趣味や好きなもの等々の情報を得て、外堀を埋めていくことにした。

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