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第十話 コソ泥(侍女)VS皇帝

 ――予想はついていたけど、包み隠しもせず訊いてくるのねぇ。舌戦するつもりかしら。


 遠回しな詮索を繰り返すより効率的だと考えたのだろう。

 正面から鋭い疑念をぶつけてくる皇帝陛下は、陰口を叩くしか能のない連中よりよほど好ましく感じた。


 問い詰めるような口調とはいえ、本当に対話を望んでいるようだし。


 そんな皇帝陛下に、目を向けるだけの価値のある女と思わせるにはどうしたらいいだろう。

 考えながらミリアは慎重に言葉を返す。


何故(なにゆえ)に、わたしをお疑いになりますの?」

「被害を受けたと訴えた中で、処分が下されたのは貴女を除く使用人の全てだ。純粋な被害者は貴女のみであるのはあまりに不自然だと言える」

「不自然に見えてしまうのはわたしも同感です」

「盗品が集められていた休憩室に皇妹を真っ先に誘ったのも貴女だというではないか」

「それは、そこが一番可能性が高いと考えたからですわ」


 ふわふわとした、掴みどころのない女を演じる。

 その間もずっと笑みを絶やさず、ただただ皇帝陛下の真紅の瞳へ視線を注ぎ続けた。

 そうした方が深く深く印象に焼き付く。並の男ならあっさり恋に堕ちるに違いないこの眼差しを浴びれば、皇帝陛下の心も揺らせるはずだ。


 視線を合わせられた皇帝陛下は一体何を思ったのだろう。

 鋭利な刃物を連想させる冷たい声で、言い放った。

 

「――偽りを述べれば余は貴女をこの場で処断する」


 鋭いわねぇ、とミリアは内心で呟く。

 心当たりはたくさんある。しかし大丈夫だ。ミリアは、今だけは嘘を吐かない(・・・・・・・・・・)と決めていた(・・・・・・)

 真剣に語らおうという態度を示す皇帝陛下に対して、しっかりと応えたかったから。


「わたしの言葉が偽りであると、そうおっしゃいますのね」

「違うと言い切れるのか?」

「皇帝陛下のお考えは、誤りのない、とても正しいものなのでしょう。しかし陛下。正しいばかりが真実とは限りません」


 違うとは言い切れない。だから代わりに――あくまで皇帝陛下の疑念には返答しないまま――語った。


「わたしの故郷にも、正義で在ろうとばかりする者たちがいましたの。彼らは徒党を組み、彼らなりの正しさを振りまいて……いつしか悪しき者以下の存在に落ちぶれていった」


 貧民街での話だ。

 薄汚く、犯罪が横行している街の在り方に否と声を上げる若者。彼らは最初は極悪人を捌いて治安を良くしたが、徐々に歪んでいき、生きるために罪を犯す人々を手にかけ始めたのである。

 最後は他の貧民街の民の反撃を受けて駆逐された。


「誤った正しさというのもあると、わたしは考えますわ」

「……っ」


 小さく息を呑む音がした。

 誰が?なんて考えるまでもない。その音が聞こえてきたのは間違いなく正面、すなわち皇帝陛下からだ。

 逆鱗に触れたか、と身構えたけれど、どうやらそういうわけではなかったようで。


「なるほど、一理ある」


 納得、してくれた……?

 

 あまりにあっさりと同意を得られたことは拍子抜けしそうになる。

 しかし安堵するにはまだ早かった。


「貴女の発言は余への不敬となるが、自覚しているか?」

「…………不敬、とは何のことでしょう」

「余は帝国が不利益を被らぬため、正しき判断の元に、各国への戦を仕掛けた。その正しさが真実に基づかないと言うのであれば不敬に当たるというものだろう。それを貴女は自覚しているのかと問うている」


 ――そんなことを言われても。


「皇帝陛下がどのようなお考えの元に行動なさっているのか、わたしの頭では到底理解できません。それが誤った正しさなのか否かの判断なんてつけようがないですわねぇ」


 五日間尾行してなお思考が全く読めないままだったのだ。わかるわけがない。

 包み隠さない本音を告げたあとで、ここぞとばかりに付け足してみる。


「ですからわたし、陛下のことをもっと知りたいですわ」


 言った。言えた。

 謁見の間に来るまでの間、皇帝陛下の気を引ける可能性のある台詞を考えに考えた結果、最適と思えたものを違和感のない流れで口にできて本当に良かった。

 それに、初恋を奪うために必要なことだから、皇帝を知りたいと思っているのも嘘ではない。


「とんでもない傲慢さだな。余にそのような口をきける者などそういない」

「ふふっ、昔から図太いとよく言われますわ」

「余が恐ろしくはないのか」


 恐ろしくはないのか……か。

 恐ろしいか恐ろしくないかなんて、恐ろしいに決まっているが――。


「落とし物拾いを通じて陛下によく声を掛けさせていただくようになって、一度も剣を向けられていませんから、お許しいただいているのではないかと勝手に思っていますの」


 ベラ殿下が言っていた通り、ミリアはなぜか皇帝陛下に認められている。それはもう疑いようのない事実だ。

 美貌のせいなのか、あるいはそれ以外の要因からなのかは不明だが、下手な手を打たなければ首は繋がるだろう。確信ができた故に強気に出られる。

 そして勢いのままに畳み掛けた。


「ここまで言葉を尽くしてきましたけれど。一介の侍女に過ぎないわたしごときの発言、聞く値しないと思われますか?」


 瞬きで瞳をうっすらと潤ませ、小首を傾げて見せる。それまで控えていた媚びるような仕草を初めて見せることによって己の美しさを最大限活かせると考えたのだった。

 逆効果になってしまう可能性も当然あるが、今活かさなければこの美貌を見込まれた意味がない。


 どれくらい沈黙が流れただろうか。

 やがて――皇帝陛下は重々しい声を響かせた。


「以前から妙な女だと思っていたが、ここまで楽しませてくれるとはな」


 その声音は、全く楽しんでいるようにはあまり聞こえなかったけれど。

 楽しかったと言わせただけ大きな進歩だった。


「貴女の言、認めてやろう。退出を許可する」

「ありがとうございます」


 ――よしっ。やったわ!! この舌戦、わたしの勝ちね!


 この謁見の間に足を運んだ目的である。籠絡のための足がかりは作れた。好機を逃さなかった自分を称賛したい気持ちだ。

 あとは、皇帝陛下の気が変わらないうちに退室してしまうだけだ。


 ドレスの裾を持ち上げ踵を返し、そのまま駆け出したいのを(こら)えて、あえてゆっくりとした足取りで出口へ向かう。

 最後に一度振り返れば、皇帝陛下は表情の窺えない顔でじぃっとミリアを見つめていた。

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