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家族のひみつ

作者: 長井カツヤ

杉山家の父親が見つけた脅迫状をきっかけに、家族がそれぞれの秘密を隠し合う日常のミステリードラマです。

脅迫状に込められた本当の意味とは──?

その騒動の真相とは──?



家族五人と猫一匹の、ほっこりミステリーです。


 一家のあるじである杉山耕平すぎやまこうへいは、リビングと隣接する八畳間に胡座あぐらをかき、「今日こうして集まってもらったのは他でもない」座卓を囲む家族の顔を確認しながら、「みんなに聞いてもらいたい話があるんだ」といつになく真剣な表情で話し始めた。 

「どうしたの父さん? あらたまっちゃって」高校生の愛美まなみは、長い髪を指で弄びながら、「もしかしてセクハラで訴えられたとか?」冗談めかして言うと、すかさず母親の容子ようこが、「こらっ愛美、真面目に聞きなさい」とぴしゃりと叱った。

 愛美は大事な話があるからと、普段、肌身離さないスマートフォンを母親の容子に取り上げられている。もともと不機嫌だったところ、さらにムスッとしてふくれた。

「ねえねえ、だけどまだ菊枝きくえおばあちゃん来てないけど、いいのお?」

 今度は小学生の信吾しんごが高い声でいった。信吾はポイとビスケットの包みをゴミ箱に捨て、追加でもう一つ食べようと菓子盆に手を伸ばした。だが、先程はみんなの目を盗んで摘んだものの、今度は母親の容子に睨まれてしまった。ドキッとして、すぐに信吾は手を引っ込めた。杉山家のルールで、夕飯前のお菓子は固く禁じられている。

 容子はしつけに厳しいが、それは子どもたちに対する愛情の裏返しでもある。

「信吾、お菓子は我慢しなさい。今日はあなたの好きなちらし寿司なんだから」

 と母親らしいフォローをいれた。

「ほう、そうか。それは良かったな、信吾」

 父親の耕平は破顔し、おもてを輝かせた。耕平は息子の信吾を差し置いて、喜びを隠そうとしなかった。容子の作るちらし寿司は、親子揃って大好物であった。

「ねえねえ、だからさあ」

 信吾は皆の注意を引くよう言った。

「さっきもおばあちゃんの部屋を覗いたんだけど、外に出掛けたきり、まだ家にも帰っていないみたいなんだ」

 信吾は頭の後ろで指を組んで、壁の時計を見上げた。つぶらな目を向け、なにか言いたげな顔をしている。

 時刻はちょうど五時を少し回ったところである。祖母は無類の相撲好きなうえに、いつもなら贔屓力士の取り組みが間もなくという頃合いでもあった。

「お義母かあさんには私からも今日は必ず家に居るよう伝えておいたんですけど」と容子は困った顔をみせたが、耕平はあまり意に介さない様子で、「おそらくこの件は人がいいお袋には関係のない話だ」そう言うと、上着のポケットから折り畳んだ紙を取り出し、皆に見えるよう卓上にひろげた。

 それはどこにでもあるスーパーの広告チラシだが、ひどくクシャクシャで皺が入っており、紙の裏にはマジックでこう書かれていた。


  “わたしはお前の秘密を知っている

  ばらしてほしくなければ

  稲荷神社の鳥居に五百円を埋めよ”


「これが窓ガラスを破って、家に投げ込まれていたんだが──」

 庭にある渋柿が手紙でくるまれ、広縁の花瓶も割られていたが、怪我人が居なかったことが不幸中の幸いだったと言って、耕平は辛気臭い顔をした。

「昼過ぎに会社の書類を取りに戻ったとき、父さんが見つけた。どうやらこれを投げ入れた犯人は、家族が誰も居ない留守を狙ったのかもしれない。それがつい一昨日の話だ」

「じゃあ玉三郎たまさぶろうは? 玉三郎も無事だったんだね?」

 信吾はリビングのソファーで気持ち良さそうに寝ている茶トラの玉三郎を見て言った。

「ああ大丈夫。玉三郎も家に居なかった。外へ遊びにでも行っていたんだろう」

「嫌だわ、こんな物騒な真似をする人がいるなんて。あなた警察には?」容子が頬に手を当て怯えた視線を送ると、対照的に娘の愛美は、「これって脅迫状じゃない」と卓を叩いていきり立った。

「じつはそこで相談なんだが、こんなものを通報したところでいちいち警察が取り合ってくれると思うか?」耕平は腕組みをし脅迫状をじっと見つめ直した。「だいたい要求額は、たったの五百円なんだぞ」

 言われてみれば、それももっともな話である。

 家族に危害が無かったうえに恐喝の恰好をとってはいるが、子どものお小遣いじゃあるまいし五百円なんてあまりにもせこすぎる。

「こんないたずらをする相手に誰か心当たりはないのか?」

 こうして父親が議長をつとめる家族会議は、自力解決へと方針を立て、ゆすりのたねとなっている秘め事についてテーマがしぼられた。

 この秘密とは、いったいなにをいっているのだろう。

 皆それぞれが思い当たるふしに心を砕くと、会話は途切れ、それからまるで時間が止まったように沈黙が続いた。


 あれは下校途中のときだった。信吾は猛烈な下痢に襲われ、もう我慢出来ずパンツに漏らしてしまった。秘密とは、そのパンツを川に投げ捨てたことかもしれない。信吾はうつむいたまま、口を真一文字に結んだ。

 愛美はクローゼットの奥に隠してあるBLコミックが気になりだした。愛美には胸キュンして止まないBLの趣味がある。そんな秘密を誰かに知られたらと思うと、恥ずかしくてたまらない。プライバシーは守ろうと心に決めた。

 秘密とは、ママ友たちと一緒に高級ホテルのランチに行ってることかもしれない。容子は一人だけ贅沢し、皆に責められるのではないかとやきもきした。

 趣味で買い揃えた鉄道模型のプラレールは八千円と言ったが、本当は三万した。いやっ、そんなまさかな、バレるはずがない、と耕平は小さく頭を振った。そうして一つ空咳をすると、澄ました顔で家族を追及した。

「信吾、お前なにか隠し事はしてないか?」

「ぼ、ぼくは関係ないよ、秘密なんて無いから」

「愛美はどうだ?」

「あ、あたしだって無いわよ」

「じゃあ、母さんは?」

「や、やめてください。だったら、そういうあなたはどうなんですか? あんな役にも立たないガラクタばかり集めて」

「お、お、俺なわけないだろ、それにガラクタって言うな!」

 四人は一様にあたふたした。

 脅迫の手紙と無関係を主張した。

 そうして自分の秘密は守るため、めいめいがそんなはずはないだろう、家族に隠し事はあってはならない、正直に白状するよう求めては、互いに互いの嘘を疑い秘密は押し付けあって、話し合いはどうにも結論が出ないまま、ますます白熱していきしばし険悪なムードに包まれていった。


 ガラガラと玄関の戸が開く音がした。

「ただいまあ」

 溌剌はつらつとした声とともに、祖母の菊枝がリビングに入って来た。

 おもむろに玉三郎は目を覚ました。ミャーと祖母を出迎え足元にすり寄った。

「おやおや、みんな揃って。どうしたい? そんな怖い顔して」

「いや別に。家族会議をしていたんですよ」

 少しむくれながら耕平は言った。

「おばあちゃん遅かったね。どこ行ってたの。もう大相撲中継終わっちゃうよ」

 と信吾は焦れったそうに時計を指差した。

「そうそう、今日は横綱との結びの一番さ」菊枝は丸い顔をして目を細めた。「楽しみだねえ。玉三郎、部屋行って一緒に応援しよう」

 言葉がわかった様子に、ふたりは連れ立ってその場を去っていった。

 それからしばらくあって、菊枝の部屋から歓声があがった。

 家族四人は犯人もわからずもやもやしていたが、自然と頭が切り替わるのを感じた。祖母の喜ぶ姿が目に浮かんだ。いつも祖母は陽気でまるで満月のように微笑む。悩み事があっても祖母に相談すれば、何故かスーっと胸が晴れてしまう。それが人徳というものなのか、とにかくみんなの拠り所だった。捨て猫であった玉三郎が真っ先に懐いたのも祖母である。

 家族は顔を見合わせた。そうして誰からともなく愛想笑いをはじめ、やがて吹っ切れたように笑顔を取り戻した。

 詮索するのはもう止めよう。こんな形で家族が仲違なかたがいしたらつまらない。皆そう思うようにしていた。

 座布団が舞うテレビ画面の前で菊枝と玉三郎はハイタッチした。

「秘密なんてものは、たいてい誰にでもあるもんだよ」

 ミャーと鳴いて、玉三郎は照れたように顔を洗いだした。菊枝は膝の上に玉三郎を抱き上げた。

「お前が広縁の花瓶を割っちまったことは、ふたりだけの秘密だよ」

 玉三郎はゴロンと丸くなった。機嫌よくいつまでも喉を鳴らしていた。


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