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夜犬のロマ  作者: 黒船頼光
【第二章】ルラックル王国
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フラワーリップ・レディ

 その日、訓練兵は大陸を縦断するバッセ山脈を訪れていた。大陸の南から北へ伸びる山脈をバッセ山脈、バッセ山脈の最北端にアヴニール山脈が横たわっている。東と南はルラックル、西は大森林、北はコレールと山脈が大まかな土地を切り分けているのだ。


 ある程度の屈強さを身に着けた頃を見計らい、今度は山地訓練が実施された。


 主に縄や登攀道具を使った潜入戦術を学び、川、崖、沼など様々な地形を克服するための訓練となった。訓練兵の一人が川に落ちて足を骨折する事故もあったが、医師見習いのリップも同行していたお陰で事なきを得た。



 今現在、ロマは川岸でリップの診察を受けていた。定期的に呪われた身体に変化が無いか診ているのだ。


 リップは診察を終えて白手袋を外し、白衣のポケットに仕舞う。

 空は夜の膜に覆われ、色とりどりの星が瞬いている。


「だいぶ逞しくなったね。復活して鍛えた体まで戻ったりしなくて本当に良かったよ。次で何回目だっけ?」


 実験の回数についてだろう。ロマはブリオーに腕を通しながら「七回」と答えた。

 二人は隣り合って岩に腰かけ、川岸の底冷えする夜風から身を護るため、小ぶりの毛布を被って身を丸める。


「もう、そんなになるんだっけ?」とリップは空を仰いだ。

「いつも、しかめっ面だよな。昔からああなのか?」


 無論、シルバについてだ。実験の度に彼女と顔を合わせているのだが、景気の悪そうな顔で、目元の隈は会う度に濃くなっている気もする。最初こそ、倒れてしまうのではないかと危惧してみたけれど、彼女は「あたしのことに口出しすんじゃねぇ」と怒鳴られ、簡単には死ななそうだなと思った。


 そうはいっても、自分のように不死でも無いため、不安は拭えないもので……シルバの弟子であり、占星術の師匠である彼女について聞けるのではないかと踏んだのだ。幸い、今日は休暇で他の訓練兵は思い思いの休日を過ごしている。この川岸で自分とリップ以外の姿は無い。


「昔を語れるほどの付き合いじゃないからね……難しいなぁ」


 彼女は考えるとき、決まって同じ姿勢を取る。腕を組んで、右手を右頬に添えて少し俯き、視線を左へ向ける。


「もともと二年前に起きたエポックの蔓延で、私も何かできないかと近くの病院に行って、そこの先生に言われるがまま走り回っててさ」


 そこでシルバと出会ったんだよ、とリップは片方の目じりを強張らせた。そんな表情をされれば、問い質してしまうのが人の性というもの。リップは数秒唸って、もぞもぞとだったが答えてくれた。


「ある日突然、黒髪の少女が病院二階の窓を破壊して侵入して来たの」


 まあ、シルバだろう。


「天人だから入れてもらえなくて、それにムカついて裏庭の木の上から飛び蹴りしたみたいでね」


 リップは右頬から左頬に手を入れ替えた。マズい方向に話し進むときの動きだ。


「それから医院長を殴って気絶させた上に、天人であることを脅迫に使って、そのまま病院で働いてた人たち全員に指示を出し始めたんだ」


 常軌を逸する振る舞いに、ロマもこめかみを抑える。目的と手段があべこべにも聞こえるけれど、シルバにとって治療までの最短を選んだだけなのだろう。咎められるべき所業だとしても、彼女は結果をもって、誠意と信仰の証を立てた。


「かっこよかったよ。ちょっと暴力的過ぎたけどね」


 リップの相好が崩れるほどに、さぞ痛快な光景だったのか、驚きだけでなく、彼女の声色からシルバへの敬意すら窺えた。


「キミは、なんで彼女の助手を?」


 それは不思議で蠱惑的な気配を含み、それ故にロマの琴線に触れる。彼女は大工の父を誇りに思っていた。なのに星占いに夢中で、尚且つ医者の見習いをしている。事務仕事で働く手もあった筈だ。


「父への憧れかな」


 しみじみと言って、リップはどこを見るともなく顔を上げた。ロマはどうしても彼女の言葉に納得がいかず、「どういう意味だ?」と追及してみる。 


「よくある話だよ。それでも聞きたいの?」「あんな言い方じゃ、わかんないって」

「それじゃ仕方ないなぁ」


 リップは柔らかく目を細めた。

 あるとき、シルバに聞いたそうだ。


「今ままで、どんな旅をしてきたんですか?」

「難しいことを聞きやがる」なんて面倒くさそうな態度をするのに、シルバは自分のことになると雄弁になるらしい。


「キボトス島、あとはデカトン大陸を東に行ったり西に行ったりしたな。北のガラヴァ大陸やイス大陸にも行ってみたかったが、如何せんデカトン大陸がデカ過ぎんだよ。あの大陸だけで四つも大国がひしめいて、どこもかしこも小競り合ってやがる。気づけば戦地で一か月、なんてのもザラだったぜ」


 その声はどこか寂しく、それでいて憤りを伴い、加えて悔恨すら垣間見える複雑さが込められていた。


 このとき、リップが抱いた感情は、


「それじゃ、ピティエの東竜や太陽神様が亡くなった枯れ湖にも行ったの!」


 強烈な憧れだった。


「何回か飛んでいる姿なら……枯れ湖はカンパーナ島だろ。行ったことねぇよ」と若干勢いに負けたシルバは話しを切り上げようとするも、リップは食い気味に問い詰めたそうだ。旅の動機、出会いと発見。シルバの語る旅路の武勇伝は、彼女の中でひっそりと息を潜めていた冒険心が目覚めるキッカケとなった。


「だから、交渉したの。私と貴方で知識の交換をしましょうって。旅する時に医学の知識は有った方がいいでしょ?」


「キミは国を出るつもりなのか?」


「父も母も生きてるのに、エポックやらコレールやらの問題を無視してはいけないよ。でも、お婆ちゃんになる前には出発したいかな」


 そう口にする彼女の声は、夜の冷たい風の中でほんのりと温かかった。


 ところで、彼女は「父への憧れ」と言っていた。冒険に憧れたということは、彼女の父も医者か冒険家だったのか? しかし、町一番の大工とも言っていた気がする。


「言ったでしょ。父はニダヴェルール人だって。いろんな国を巡って、ルラックルで母と結婚したの。父の武勇伝を聞かされていた時、自分は嫌がっていたと思ってたけど、案外楽しんでたのかもね」



 そう言って、彼女は恥ずかし気に水面を蹴った。



「冷たっ!」


「そりゃそうだ」



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