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夜犬のロマ  作者: 黒船頼光
【第二章】ルラックル王国
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王都へ


 

 長年睨み合ってきたコレールへの侵略戦争を決心させたのは、なにもエポック蔓延の報復のためだけではない。


 アヴニール山脈の先にある北部の台地は、天秤の神ギエイアが住まう神域とされ、ルラックル人はアヴニール山脈南部で遊牧民として暮らしていた。


 あるとき、一人の冒険を夢見る若者がアヴニール山脈の先に興味を持った。

 その若者は同じ好奇心を抱いた者たちを集め、教会の叱責を無視して都を出た。大なり小なり問題はあったが、あろうことか数人の犠牲を出しただけで、ついには山脈を超えてしまう。


 そこで待ち受けていたモノを、一行はサイアクな形で都に持ち帰ってしまった。

 最初に声を上げた若者の頭が、無残にも工芸品に加工されていた。


 ある帰還者が言った。


「アヴニールの先に、悍ましい怪物がいる」


 血濡れの工芸品を抱え、こう続けた。


「奴らはギエイア様を知らなかった」


 それが、コレールとの最初の接触であった。


 ギエイア様の聖域に根付いた人の形をしたナニカ。

 これは本来、許され続けていい事ではない。


 そうして、教会──特に天秤派の信徒はコレールの打倒を悲願とするに至る。

 それ故の戦争、トゥメル教の権威を確固たるものにするための聖戦。


 コレールを打倒することで天秤派の悲願を果たし、ギエイア様の神性をより確かなものとするための戦いである。




「──ここまでは、キミも大まかに把握しているだろう?」


 その話をしてくれたのは、ガルロ・カルロという男だった。ロマは馬車の荷台に乗せられ、ぼんやりと青空を見上げながら、それを聞いていた。


 カルロは明るい白髪を肩先で切り揃えており、倒木に腰かけて栗鼠を愛でてそうな優男で、ゲール直々に玄房の見張り役を任されたらしく、白金の少女と一緒にロマの対面に座っている。


「天人相手に、ずいぶんと親切だよな。発見次第、処刑されると聞いてたんだけど」

「普通はキミの言った通りになるけど、コレールという〝より凶悪な敵〟がいるのと、王国でも天人を一人だけ飼っているし、僕はその天人と仲が良いんだ」


 その物言いに少女が不満げに口を窄めた。

 そこでロマは少女について聞いてみた。


「私? 私はただの医者だよ」


 騎士団に医者が同伴するなんて聞いたことが無い。それに、ずいぶんと若い。十五から十七ぐらいか。マムロンと……マムロンと、そう変わらない。


「エポックの件があってから、騎士団が遠出するときは、基本的に医者が同伴するようになったの」


 少女は長い耳を撫でて、続けた。


「耳が気になるんでしょ?」言い当てられ、ロマは眉頭を持ち上げた。

「私は天人じゃないよ。ルラックル人とルール人の混血なの」


 そう聞いて、ロマは納得する。ルール人とは、ルラックル大陸の北にあるニダヴェルール島に住む人種で、長く鋭利な耳と金色の髪が特徴的な種族だ。彼女の白金色の髪は、ルラックルの白とニダヴェルールの金が混ざった結果であろう。

 少女は白い外套の裾を正した。


「あらためて──フラワーリップ・レディ。王国で最も腕の立つ大工の娘よ」


 瀟洒に膝の上で手を組む少女に、カルロは胡乱な横目を向けていた。


「お嬢様を装うなよ、リップ。大工の仕事なんて何一つ知らない占い好きの医者見習いの癖に、なんで妙なところで見栄張るのさ」


「ちょっ」とリップは顔を引き吊らせた。

「私の占いを馬鹿にするな! 百発百中で評判なの!」


 それは確かに凄いことだと、ロマは感心して顎を撫でた。


「いつも五割五分ってところじゃん」


 嘘だった。


 リップはむっとして「カルロの時だけだよ。他の人は七割ぐらい当たるから」と、結局は嘘を認めていた。

 リップは深く鼻から息を吐いて、腕を抱いた。



「……キミ、大丈夫なの?」


 その声には、確かな哀れみがあった。何が、とは聞かない。大丈夫、とも言わない。ロマは間を置いて、村の方角を見据え、静かに拳を握る。


「王都まで、どれくらいだ?」

「もう直ぐだよ」


 カルロが答え、リップは口を噤んだ。


「そうか」


 ロマは、それっきり喋らなかった。





 しばらくして、

「そろそろ見えてくるぞ」と御者の弾んだ声に、全員がパっと顔を上げた。


 屋根など付いていない開放的な馬車なのもあって、周囲は見渡しやすい。今は他の丘に比べたら、いくらか背の高い丘を上っている最中である。


 さて、立ち上がって、くるりと回ってみても……どこまでいっても緩やかな丘と、丘に覆いかぶさった草木しか見当たらない。遥か遠くに山脈の陰があり、青空には細切れの雲があるとはいえ、流石に都が空にあるなんてことは無いだろう。


「阿呆。向こうだ」


 ゲールが顎で指した方角は、馬車が進んでいる方角を指していた。

 小ぶりな丘を登り切ったとき、ロマは〝それ〟を目にして息を呑んだ。


「あれが、オレたちの『王都』。真っ白な雫を想わせる絶景と、白と橙で彩られた清廉な街並みが、この都の売りらしいぞ」


 その都は長い下り坂の先、巨大な湖の中央にある滴る雫の形をした陸の上にあった。東西に架かった橋の上には人々が行き交い、黒い波となって蠢いているし、湖上には多くの舟が浮いていて、その上にも人が肩を寄せ合って仕事に勤しんでいる。


 そして、雫の中心には空を突き刺さんばかりに高く鋭利な城があり、雫は橙と白の建築物で埋め尽くされている。昼の陽ざしの下で瑞々しく活気づいているのが、遠目からでも感じられた。



 豪華絢爛。風光明媚。そう称さずにはいられない。

 不落の湖上都市は白い剣を頂上の太陽に突き上げ、悠然と湖に鎮座していた。



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