【短編版】異世界でお嬢様の使用人になりましたが処刑されそうです。
「よし、これで今日の掃除は終わりだ」
仕事を終えた僕は小さな声で独り言を言った。
一つの部屋といえるくらいに広いそこは、僕が仕えるお嬢様専用の化粧室だった。
ここは最後に掃除することになっていた。
当然、他の部屋はこの部屋よりも広い。
僕がここにたどり着く頃には、いつもへとへとになっていて、気持ちを奮い立たせなければならなかった。
さて。
主が帰ってくる前に、早く退散しなければ。
僕は静かに扉を開き、そして凍りついた。
さっき綺麗にしたばかりの椅子に優雅に座り、同じように綺麗な格好をしたお嬢様が、こちらをじっと見つめていたからだ。
あ、と危うく僕は言いかけて、慌てて口をつぐんだ。
主とお会いすることは禁じられている。
お話をするなどもってのほかだ。
けれど、主はとても美しかった。
見とれてしまいそうになりながらも、ギリギリのところで頭を切り替えた。
僕はたどたどしく一礼し、足早に立ち去ろうとした。
「ねぇ」
扉に手をかけたところで声をかけられ、心臓が止まりそうになった。
僕に話しかけているのだろうか。
恐る恐る振り返ると、主は真っ直ぐにこちらを向いていた。
「新しい使用人?」
凛とした、透き通った声だった。
何か粗相があっただろうか。
主には表情がなく、考えていることが分からなかった。
「は、はい」
声が震えた。
前もって聞かされていた話が頭に浮かんだからだ。
「そう」
それだけ言うと、退屈そうに窓の外に視線を移し、それきりになってしまった。
少し待ってみたが続きがあるわけではなさそうだったので、僕は内心ほっとしながらも表情には出さないようにし、慎重に一礼した後、再び扉に手をかけた。
「待って」
また、呼び止められた。
「こっちに来て」
顔は窓の方に向けたまま、目線だけをこちらに向けていた。
一瞬で様々なことが僕の頭の中を駆け抜けた。
どうお答えするべきだろうか。
「お、お話ししないよう指示されております…」
「逆らうの?」
目が少し細くなった。
「し、失礼しました」
主の機嫌を損ねてしまったらどうなるか分からない。
僕は足音を立てないように、転んでしまわないように、お嬢様に近づいた。
「座って」
椅子はもう一脚ある。
僕はゆっくりと、浅く腰掛けた。
少しして主は、相変わらず窓の外を見たまま話し始めた。
「今日は3人」
「は、はい…?」
「処刑したの」
背筋が寒くなった。
自分もそうされるのだろうか。
「4人だったかも」
何と答えればいいのか分からなかった。
「そ、そうですか…」
「つまんない」
主の表情が暗くなった。
まずい。
しかし、どうしたらいいかの見当もつかない。
「どこから来たの」
「え…と」
僕は困ってしまった。
「…分かりません」
「どういうこと?」
主がこちらに目を向けた。
「その…」
僕は気がついたらここにいた。
正確には「ここにいたことになっていた」。
今の僕はどう見ても10代前半の姿だ。
けれどなぜか、前の僕はもっと年上だった気がするのだ。
そして…うまく言えないが、こことは別の世界にいたように思う。
その世界のことはぼんやりとしか覚えていない。
でも、その時の僕は…幸せではなかったように感じる。
この世界における僕の、古い記憶はなかった。
周りの知らない人たちの話を聞いて、僕はここで働くことになっているということだけ、やっと理解できた。
僕はこの歳にしては、テキパキと仕事ができた。
きっと、前の世界の経験が活きているんだと思う。
それもあって、主の部屋の掃除を任されることになったのだった。
お嬢様に嘘をつくわけには行かない。
しかし、これらのことをうまく説明できる気がしなかった。
僕が答えに窮していると主は話題を変えてくれた。
「この後、予定があるの」
「そ、そうですか」
主は目線を窓の外に向けた。
話は終わりということだろうか?
ほんの少しだけ様子を伺う。
「では、失礼します…」
僕は慎重に立ち上がり、一礼して退室しようとした。
「明日も来て」
背中に声をかけられた。
「は、はい」
…また、お話しをすることになってしまった。
しかし、さっきの会話は楽しかっただろうか?
ほとんど会話ともいえないようなものだったが…。
「それでは」
今度こそ立ち去ろうとした。
「私ね」
また、話しかけられた。
僕と話して、何が面白いのだろうか?
少しだけ怪訝に思った。
「人の考えが分かるの」
「え…」
ドキッとする。
僕の気持ちが読まれていたということだろうか。
「えと…」
どうしよう。
お嬢様とお話しするのは緊張する。
しかし、嫌というわけではなかった。
でもそれ以上に、なぜ僕と、という気持ちが大きかった。
そのことを正直に伝えるべきだろうか。
僕が迷っていると、主は続けた。
「今日の3人は根っからの悪党だった」
「え?」
主の話は意外なものだった。
「だから、処刑した」
「そう、ですか」
聞いていた話と少し違っていた。
主は罪人の話を聞いて、あるいは顔色などを読んで、刑罰を決めているということなのか。
…しかし。
主の年齢は自分とそう変わらないように見える。
富や権力はあるのだろうが、いくらなんでもその判断をさせるのは酷すぎないだろうか…?
お嬢様に同情を覚えずにはいられなかった。
けど僕は、それが吹き飛んでしまうくらいに、驚かされることになった。
「前の世界ってどういう意味?」
心臓が急にドキドキと音を鳴らし始めた。
僕はそのことを誰にも言っていなかった。
言ったところで信じてもらえるとは思えなかったからだ。
人の表情を読めるというだけで、前の世界のことまで分かるとは思えない。
つまり…。
「明日、楽しみにしてる」
僕は何も言うことができなかった。
部屋の外に出て、頭を下げながら扉をゆっくりと閉めていく…。
「それと」
僕は少しだけ目線を上げた。
「ありがとう」
主は、ほんの少しだけ微笑んでいるように見えた。
「…?」
掃除をしてくれてということだろうか?
何も考えることができなかった僕は再び頭を下げ、そのまま扉を閉めた。
胸の高鳴りが、止まらなかった。
連載することにしました!
詳しくは作者マイページからどうぞm(_ _)m