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陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語 ~明治幻想奇譚  作者: tempp
恋の矢 明治17年晩春

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呪いの風と薬草園 1

 伊予の突然の言葉に、広道の頭は当初、話の理解が追いつかなかった。

 凛が眠りについて3日経った頃には広道が受け持った全ての患者は安定し、だからこそ広道は何かあれば呼べとだけ伊予に伝え、凛の部屋に籠もるようになった。明晰な広道には珍しいことだが、それほど凛のこと以外が目に入らなかったのだろう。

 けれども伊予の話では、5日目から院内に昏睡の患者が出始めたという。

「昏睡?」

「ええ。凛さんと同じように眠り、しかも衰弱もしない患者です」

 7日目に至り、院内で朝目覚めたのは伊予だけだったという。そんな馬鹿なと思い院内を見回れば、たしかに伊予の言う通り、全ての人間が眠りこけていた。そして奇妙なことがあった。看護婦もみな倒れているため広道が患者の怪我の治療にあたったところ、傷が塞がり何故かほぼ完治していたのだ。

「ありえない。傷自体は縫い合わせはしたが、何故これほど綺麗にふさがっている?」

 その回復は広道の経験とも大きく背き、広道をしても異常としか思えなかった。

「わかりません。実道兄さんが最後まで解明にあたりましたが、今朝起きてきませんでした」

「実道が? あいつは病など得ぬと思っていたが」

 広道は目の間の険を深め、伊予は患者がみな昏倒していてよかったと溜息を吐いた。

 伊予は広道に、几帳面な文字で記載された実道の診療録を渡す。意識を失うことは格別、体の代謝は向上し、病などは内科の病気においても回復していることがその内容から読み取れる。

 病は癒える。けれども意識を失う。

 その不可解な作用が一体どのような意味を持つのか、広道は頭を捻った。一つだけ、思い浮かぶことがある。けれどもその前に確かめねばならないことがあった。

「欠損が回復した患者はいるか」

「欠損? ……いえ」

「最初に倒れたのは凛だな」

 伊予は頷いた。凛が眠り、しばらくして眠る者が増え始めた。伊予もそれに思い当たった。

 広道と伊予は実道の記録から昏睡の傾向を探った。

 そこから浮かび上がったのは、おそらく凛の次に眠りについたのは広道と伊予の対応した事故の患者であるということだ。

 当初は院内の内科の患者が最初に昏倒したものと思われていたが、外科の患者は重症故に、眠り続けていてもおかしくはない。むしろ眠って体を休めるのがよい。それに伊予は看護婦であって医者ではない。だから様態が安定していれば通常通りの看護を行い、それを超えることが起こらねば特段に医者である実道や広道に改めて報告することもない。

 そして広道が確認した所、外科の患者は異様な速度で回復していた。

「広道兄さん、これは……」

「検証が先だ」

 次に広道は伊予とともに、実道の記した内科の診療録をさらう。実道らしく、実に事細かにその推移を記載している。その診療録の仔細さは、いつも以上だ。

 広道は診療録を重症と思う順に並べた。そしてその順番は、1割ほどの例外を除き、眠りについた順番とほぼ一致していた。そして早く眠りについたものほど、回復著しい。

 伊予と広道がそのような調査を行っているころ、クピトは頭を抱えていた。

 クピトは分類としては神やモノノケと呼ばれる人ならざるものの端くれだ。だからその異常が明確に見えていた。そしてその結果に慄き、ようやく自分がなにをやったか認識した。

 異常の発端はやはりクピトの矢である。

 クピトの能力は、射たれた者が最初に見た者を愛する矢を射ることである。そしてクピトはその矢を目的、つまり広道に当てようとしていたが、失敗した。しかも2回も。そして広道の代わりに射抜かれたものが問題だ。まさかこんな結果になるとは露とも思っていなかったのだ。


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