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陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語 ~明治幻想奇譚  作者: tempp
諸々の目 小瀧川で佇む妖かし女の噂 明治16年秋

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小龍のほとり、女の腕

 なるほど、灯りの下で見ればなかなかどうして別嬪さんだが、その姿はやはり異様だ。

 女の喉元には何やら喉元にぐるりと呪文のようなものが書かれている。話ができないのはこのせいかもしれない。そして一番はその左腕だ。なにせ女の腕にはたくさんの目玉が蠢いていたからだ。そして女は右腕で左肩口を指す。その右腕の動きはあたかも剣でなぞるようで、ようは肩口から切り落とせという意思なのだろうと見て取れた。

「冷泉部長。これが噂の祟女ですか」

「入江、それは目玉か?」

「いえ。目玉ではありません。甲虫の幼虫のようなものが丸い傷の中で蠢いておりますね」

「甲虫の幼虫?」

「私の認識で最も近しいものはそれですね。本当が何だかは存じません」

 甲虫の幼虫であるとすれば、白くてぷにぷにとしたやつか。あれは確か鼻先は黒かった。なるほどそのようなものが傷口に埋まって居れば、動く目玉に見えるかも知れん。


 幸いにも女は文字がかけた。

『小龍川を歩いていたら、急に捕らえられたのです」

「嘘だ。本当のことを言え」

 女は困ったように俺を見あげた。

『お恥ずかしながら夜鷹をしておりまして、お求めであの館に向かったところ』

「嘘だ」

 夜鷹? なくはない。そして無届けの売春は違法だ。けれどもおそらく違うだろう。何故ならハーンは娼館を営む。わざわざ夜鷹を買うとは思えん。それにあの首元だ。万一夜鷹の客であれば、事が終われば開放されるだろう。おそらくこの女はハーンに対して何かをしたのだ。あるいは話してはならぬ何かを見たのかもしれん。

「答えろ。ただし次で最後だ。正直に話さなければお前を娼館に送り返す」

 女はビクリと動き、黙りこくった。

 言えない話か。とすれば犯罪がらみのだろう。

 盗み、集り、暴力。

 先程触れた女の体はさほど鍛えたようには思われなかった。


 頭に浮かんだのは一つのあやかしだ。噂の一番最初にちろっとばかり出てきた奴だ。

 その名は百々目鬼(どどめき)1779(安永8)年に発刊された鳥山石燕(とりやませきえん)今昔画図続百鬼こんじゃくがずぞくひゃっきにある。


 |函関外史にはこう書かれている《函関外史云》。

 |手が長くいつも人の銭を盗む女がいた《ある女生れて手長くしてつねに人の銭をぬすむ》。

 |腕に百の鳥の目が現れた《忽腕に百鳥の目を生ず》。

 |これは盗んだ金の精霊が現れたものだろう《是鳥目の精也》。

 これを百目鬼という(名づけて百々目鬼と云)

 |外史とは、箱根の関所より先のことを書いた奇書だ《外史は函関以外の事をしるせる奇書也》。

 |一節にはどどめきとは東国の地名だともいう《一説にどどめきは東都の地名ともいふ》。


 銅銭はその中央の穴が鳥の目に見えるから鳥目(ちょうもく)とも呼ばれる。

 鳥山石燕は新しい妖怪を多く創造した。この函関外史という書物は現存しないが、それも含めて鳥山石燕の創作なのかもしれん。

 金を掏る掏児が博打運をもたらすというのは随分皮肉な噂だが、目撃した誰かが金の匂いを連想したのかもしれんし、あるいは鼻の効く誰かが絵を書いたのかもしれん。

「お前、掏児(スリ)だろ」

 女は一瞬ビクリと狼狽え、観念したように頷いた。

 女は流しの掏児で、同業者がいないと思い賭博の帰りの客を相手に金を掏っていたらしい。そこを秋山という掏児の親分が見とがめたのだ。

 絆赫会の情報では、ハーン邸近辺は秋山という掏児の親分が取り仕切っている。だからこそ、その本拠地であるハーン邸周辺には秋山は手をつけないのだ。それを女が気づいた時には既に後の祭り。

 奥に押し込められた女は隙を見て逃げ出したものの、奇妙なものの詰まった部屋を見つけて立ち入ったところ、このような呪いを受けたのだそうだ。

 それが何だかはわからぬが、そこに置いてあった大きな壺に隠れようと手を触れたそばから黒い何かが湧き出て、右腕を腐らせた。そこに異人、おそらくハーン卿だと思われるが、腐りかけたところに薬か何かを塗り込んで包帯を巻いた。不思議と痛くないと思いつつ、数日経てばこのような姿になったのだそうだ。

 女は最初、腕に虫が湧くという事実に怖気が湧いた。けれども虫を腕から引きずり出そうとしても、うまくつかめぬらしい。隙きをついて逃げ出して小龍川のほとりで出会った男に助けを求めようとした。けれども話すことができず、やむを得ず腕を見せたところ、男は逃げ出した。数日潜伏していたが、捕まって再び押し込められ、しばらくして先程の遊郭に移る途中に隙きを突いてついて再び逃げ出し、また捕まって娼館に押し込められたそうだ。


 すげぇなこの女。よく逃げ出せたものだ。或いはハーンがザルなのか。

「うん? その壺とやらは闇を生み出しお前の体を腐らせた。虫はどこから現れた? その壺からは虫は溢れなかったよな」

 女は頷く、が要領をえないようだ。

「部長。ちょっと見て下さい。虫は取り出せます」

「何? 女。お前、今も取り出せないか?」

 入江が女を促すが、女の左腕は右腕の表面を滑り、その傷口の周辺を触ることができないようだった。これも首に施されたものの影響なのだろうか。そして入江が虫が抜けた女の傷口を指し示し、俺に耳打ちする。

「部長。幼虫をどければ闇が広がり始めました」

 まじまじと見れば、たしかにその黒い穴はうぞうぞとうごめいているようだ。

 なるほど。そういうことか。やっぱハーンは馬鹿なんだな。

「何?」

「傷口を焼いてみますか?」

 焼く? 確かに通常の傷であれば傷口を焼くというのは1つの方法なのだろうが。

「それは焼いてなんとかなるような傷なのか?」

「いいえ。思いつく方法を提案したまでです」

 入江は悪びれもせずケロリとしたものだ。

 ともあれこの女の腕は……とても面白い。

 けれどもそろそろ出かける時間だ。

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