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陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語 ~明治幻想奇譚  作者: tempp
諸々の目 小瀧川で佇む妖かし女の噂 明治16年秋

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人の化かし合い

「ハーン親分、大変です!」

「今度は何です。貴方も落ち着きがありませんね」

 慌ただしく扉を開いてわたわたと入ってきたのは、いつもの秋山だった。

「賭場潰しです」

「……潰し? サマ(いかさま)でもするのですか?」

「寧ろ逆です。あいつは隅々まで目を光らせる。胴元が怪しげな動きをすればサマを見破り喧伝するんで、賭場が潰れます」

 新しく手に入れた唐物(中国)の白磁の壺を磨く私に、秋山は声を潜め、そのように耳打ちした。私の賭場ではイカサマはない。全てが手技の範囲です。


 その賭場潰しの男は開帳間もなく現れた。

 上等そうな紅の遠州木綿の着流しと目深な頭巾に、異相。大柄なその痩躯(そうく)は張り出た骨がいかにもゴツゴツと(うるさ)く骸骨のようで、鋭い眼光は名うての博徒も怯ませるそうだ。

「あいつ? ということは有名人なのですか?」

西神楽義蔵(さいかぐらぎぞう)ですよ」

「西神楽?」

「あれ、ハーン親分はご存知じゃありませんかい? めったに現れやしないんですが、このあたりで大きな賭場が立てばやって来て、その上がりを根こそぎ奪っていくんです」

 聞けばその西神楽という男は、悪徳なサマを行う賭場ではそれを暴いて潰すものだから、義賊扱いをされているらしい。逆に優良な賭場、というのもご禁制だからおかしな話だが、サマの指摘がされなかったまともな賭場では、一時的には大損を食らったとしてもサマがないとお墨付きを与えられたも同然で、その後は栄えるらしい。

「何だか祟り女の噂みたいですね」

「へぇ? そういやそうすね?」

 秋山の表情をみれば、あまり理解はしていなさそうだ。

「しかしそれほど凄いのですか?」

「ええ。その目利きは百発百中だそうです」

 なんだか妖怪じみていると思いつつ、賭場に降りてみればまさに惨状が広がっていた。本日の遊戯は壺振り(丁半博打)だが、場は狂乱に満ち、胴元(ディーラー)は青い顔を引きつらせて異相の男を睨んでいた。それもそのはず、場にある木札の殆どが胡座(あぐら)をかく異相の男の眼前にうず高く積み上げられていたからだ。

 これが西神楽義蔵か。

 確かにその視線は鋭く、場の全てを飲み込む気勢があふれている。傑物ではあるのだろう。

 賭場では賭金を最初に木札、つまりチップに両替する。思わず目を細めて眺めれば、このあたり一帯の土地を買い占めることができるほどの恐るべき金額が、その眼前に積み上がっていた。この賭場の数ヶ月分の上がりに相当するだろう。これを一時に失うことがあれば、考えられぬ損害だ。


「旦那、そろそろご勘弁下だせぇ。種銭が付きました」

 胴元が青い顔で頭を下げる。普段の誇り高い胴元の様子を知っていれば、想像もつかない姿だ。

「おいおい、そんな上手い話があってたまるか。お前ら金のねぇ素寒貧(すかんぴん)身包(みぐる)みは剥いでくくせに、自分の身になりゃ勘弁たぁどういう了見だよ。青天井に決まってら」

 こう言われてしまうと、胴元も立場上受けざるをえないだろうな。

「なるほどお客様の仰ることは誠にご尤も。しかしこれ以上となるとお支払いする金子がございません。(まさ)にに当館は素寒貧でございます」

 男は、へぇ、と言って振り返り、私を眺め上げた。

 秋山の言う通り異相だ。

「あんたが元締めか」

「ええ、その通りです。パトリック・ハーンと申します」

「では外馬(そとうま)を申し入れる。俺が当てればあんたが払え」

 外馬とは、賭けの当事者以外、この場合は男と胴元以外で賭けの趨勢を賭けるものだ。つまりこの男は自分の勝ちを自分に賭け、私は胴元の勝ちに私が賭けろと言っている。

「……何故私が?」

「賭場が払えんのじゃ仕方がない。だがこの賭場の上がりはお前さんの懐に入るのだろう? ならあんたが素寒貧になるのが天井だ。何、俺も無茶は言わん。次の一振りにその全てを賭けようじゃぁないか」

 そう言って、男は目の前にある大量の、そして全ての木札を無造作に前に押し出した。

 積み上がる木札の一部がバラリと崩れて盆茣蓙(ぼんござ)の内側に転がり落ち、その瞬間、周囲から大歓声があがった。


 私の口から溜息が漏れた。

 なるほど実に堂々としたものだ。場馴れしている。そしてこの男は賭場の全てを味方につけている。

 この男が賭場潰しと呼ばれる所以がよくわかる。私がこの勝負を受ける義務はない。けれどもここで断れば、この賭場は払いを渋ると信用を失うだろう。壺振りで負ければ倍額の支払い。ざらりと過去を振り返れば、その額は確かに私がこれまでこの日の本で得た資産のほぼ全てにあたる。まさに素寒貧だ。……そこも含めて計算されているのではなかろうな。気づけば手のひらにじっとりと汗をかいていた。

 改めて場を見渡せば、全ての目が私をジッと見つめていた。全ての瞳は期待や興奮、あるいは狂乱に満ちていた。思わず喉が鳴る。断れば賭場稼業は終わりだ。それはそれで一つの方策かもしれない。私の本業は賭場主ではないからな。けれども、賭場の経営は私の趣味にとても役に立つのだ。

 場を注意深く眺め、そこに負の感情がない事を確認する。ただ、この場の全てが男の気炎にあてられたかのように燃え上がっているだけだ。

 ゲームは公正でなければならない。私はこれでも真っ当な賭場を開いている。

 秋山は一時的に大損してもその後は栄えると言った。ネクタイを締めなおし、心を整える。正念場だ。私の吟次が試されている。

「ようございましょう」

 割れるような大歓声が巻き起こる。

「但し、胴元は変えます」

「よかろう」

 眼前の男は博打のプロに違いない。胴元は凄腕だがすっかり萎縮しきっている。壺振りは人と人の化かしあいだが、胴元は既に男に飲まれ、頭の中を把握されつくされているのだろう。そして胴元というのは同じような思考を持ちやすい。それならば。そう思って扉が開く音に顔を上げれば、たった今賭場に入ってきた客がいた。

 その熱気に困惑したように左右を見渡す痩せぎすの客が。


「あのお客様にお願いしたいと思います」

 私の声に男は振り返り、僅かに驚いた顔をした。まさか私が現れたばかりの客に任せるとは思わなかったのだろう。これで漸く確率が0から2分の1に増えた。

 後で礼をすると約束し、初めてだという客に胴元が振り方を教え、場が整う。

 客は戸惑いながら壺に賽を入れて振っておっかなびっくり手を離す。最早その内側は誰にもわからない。胴元が緊張した面持ちで気勢を上げる。

「張った張った!」

「丁!」

 客が震える指で壺を上げればそこはピンゾロ(1・1)の赤い目が瞳のように転がった。

 その大歓声の代わりに私の背中には汗がどっと流れた。全身の力が抜けた。私は全てを失った。膝が諤々となり今にも倒れそうな心持ちだが、ここでこそ気を張らねばならぬ。腹に力をいれる。

 これでも私は……紳士だからな。

「おめでとうございます。今資産を整理させます」

 興奮の坩堝の賭場の閉場を何とか宣言し、男と客だけが残った。手下は慌ただしく帳簿と格闘している。頭が真っ白だ。私の骨董も全て取られるのだろう。真に何もない。

 そしてふと、予告状の盗賊も諦めるより他ないなと考え、妙な符牒に気づく。

 義蔵(ぎぞう)。JOE。音が少し似ている。

「ひょっとしてあなたがJOEなのですか?」

「いいやJOEは俺だ。先程言っていた礼に、お前の骨董をよこせ」

 そう言ったのは壺を振った客の方で、一枚の札を差し出した。

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