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陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語 ~明治幻想奇譚  作者: tempp
あけぬ夜はなし 朝を待ちわびる二人の話 明治16年秋 ←エブリスタ執筆応援「執着/独占欲」佳作

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Epilogue.可惜夜

「白河弥治郎はこの夕霧を一生の妻として添い遂げることを誓いますか」

「誓います」

「夕霧はこの白河弥治郎を夫として添い遂げることを誓いますか」

「誓います」

「……これで良いのかな。私は教会式どころか、通常の結婚式というのも疎くてね」

「いえ、幽凪様が私どもの結婚を認めていただいただけで十分です」

「お父様、ありがとうございます」

 そこは幽凪屋二階の奥まった部屋だ。新郎の弥治郎と新婦の夕霧以外は立会人の幽凪晴夜しかいなかった。いずれも洋装で、夕霧はふわりと大きく広がる造花がたくさんついた清楚な白い帽子を被っている。そして宇吉の作った白いウェディングドレスは、ハイネックの首周りはシンプルで裾になる程広がりを見せ、帽子と同じくたくさんの造花があしらわれていた。


「それではな」

「ありがとうございます、幽凪様」

 幽凪が部屋を出ると、急にあたりはしんと静かになった。部屋の隅で紙燭が油を吸ってジジジと燃える音がするばかりだ。

 弥治郎が僅かに雨戸を開ければ、未だ闇が満ちていた。これでよいのかという迷いは既になかった。弥治郎は結婚して、区切りをつけることにした。

「和室で洋帽洋装というのも妙な感じだ」

「ええ。けれども弥治郎様、本当に宜しいのでしょうか」

「ああ。今も僅かに腕が震える」

 夕霧は自らを抱きしめて首筋に顔を埋める弥治郎が、僅かに痙攣しているのに気づいた。夕霧が僅かに抱き返せば、その背筋が一度びくりと震えた。弥治郎は艶やかな髪に手を振れる。

「この美しい髪、美しい肌。それでも俺はお前が怖くて仕方がない」

「弥治郎様……」

「けれどもお前がいない人生なんて考えられない。俺はお前と添い遂げたいんだ」

 弥治郎は抱きしめた夕霧の首もとのボタンを外すと白い(うなじ)が現れた。


「やはりこの白いドレスもお前に合う。きらきらと日の光の下にいるようだ」

「弥治郎様のお召しも」

「やはり山辺殿の腕は相当なものなのだな」

 弥治郎はくらりと目眩を感じ、夕霧はその様子を心配そうに眺めた。

 弥治郎の体調は好転するどころかますます痩せ細り、なんとか歩くのがやっとの状態だった。

「まことによろしいのでありんすか」

「そもそも人の俺の寿命はお前より遥かに短い。お前にとってそれこそ誤差だろう。けれども俺は片時も離れたくない。けれども俺の心を探ってみると、一番の望みはお前とずっと一緒にいることだった」

 すでに弥治郎の声はざらざらと掠れていた。

「わっちもでありんすえ」

「これでちょうどいい。それにお前に飽きられるのは嫌だからな」

「そんなことはありんせん」

「お前は以前の男が身請けできぬとわかったとき、去ったというではないか。願いが叶わぬ悲しみというのは大きいのだ。もう何もいうな」


 弥治郎は既に医者には長くないとも言われていた。夕霧に会わなければその体調は回復するのかもしれない。けれどもその回復は、既に弥治郎の中で価値を失っていた。その恋は羽虫が燈火に飛び込むようなもので、その明かりを知ってしまった以上は最早どうにもならない。

 弥治郎は夕霧の口を塞ぎ、抱きしめる。夕霧の帽子がハラリと落ちた。弥治郎は夕霧の肩からドレスをするりと剥がし、その柔らかい肌に触れる。

「朝のお前は恐ろしい。けれどもそれでも夜のお前と変わらないことがある。お前はとても美しく、愛しい。それは恐ろしさとは無関係だ。夕霧、お前は俺の運命だ」

「主さん。わっちもでありんす」

 その部屋には誰も入れぬことになっている。艶やかな声が流れるうち、やがて遊女屋全体が朝の訪れにざわめきはじめるころ、夕霧の腕は二つに分かれ、その肌は固くなっていた。

「夕霧、夜明けが惜しい。いずれ夜が明けるのならば、お前の血肉となり、ずっと一緒にいることを選ぶ」

「ええ、わっちもずっと一緒におりんしょう」

 弥治郎は目を閉じ、次の瞬間頭骨が砕ける音を途切れる意識の中で聞いた。


 その夜からおおよそ五年がたった。

「青山様、本日は御日柄もよく、ええと」

夕弥(ゆうや)殿、そこはたとえば、足元が悪い中お越し頂き、などと続きます」

 その小さな子どもは不思議そうに青山を見上げる。

「青山様、何故天気が悪いのに御日柄が良いのですか?」

「ふむ。御日柄というのは縁起の話でね。例えば大安なら嵐でも日柄は良い」

「よくわかりません」

「夕弥殿、お菓子を差し上げましょう、あちらで遊んでおいでなさい」

「ありがとうございます、晴夜様」

 夕弥は頭を下げ、勉強は終わりだとばかりに店の外の光の中に駆けていく。

 |昼見世が終わったばかり《午後4時頃》の新地はひっそりと静まり、幽凪屋の広間にいるのは青山と幽凪だけだった。

「夕弥殿は本日も健やかで何よりです」

「青山様、しっかりとはしておりますが、まだ五つです。もう少しゆっくりとされては如何ですか?」

「私には夕弥殿の後見になった責任がありますのでね。白河屋は今は番頭に見させておりますが、なるべく早めに店に戻し、慣れさせたいと思っております」

「まあ、ここにいるよりはその方が宜しいでしょうな」

 幽凪は煙管から煙を吐きながら開け放たれた戸口からうっそりと明るい往来を眺を眺め、そう呟いた。

「店ではしばらくはお飾りでしょうが、だからこそ舐められぬよう、しっかり教育しなくては。時に夕霧殿は如何ですか?」

「日中は変わらず休んでおりますね。いつもご挨拶できず申し訳ないと申しております」


 幽凪があの翌昼に二階の部屋を訪れた時、弥治郎は既に欠片もなかった。幽凪が雨戸を閉めれば夕霧は次第に人の体に戻り、ただ弥治郎の洋装を抱きしめて幸福そうな顔で述べた。

「お父様。わっちと弥治郎様は一緒におりんす」

「そうか。よかったね。ともあれしばらく休むといい」

 その後何日かして夕霧は大量の卵を産み、その中の一つだけに人の姿が宿った。産まれた赤子に夕弥と名づけ、夕霧はその他の卵と赤子を全て食べた。

 それから夕霧は身を売らず、幽凪屋の遣り手(監督役)として過ごし、夕弥は幽凪屋全体で育てている。

「夕弥殿は大物になるでしょう」

「そのようなものでしょうか。外の世界のことはよくわかりません。夕弥殿が居なくなるのは寂くなりますね」

「あの子はきっとちょくちょく顔をみせますよ」

 青山は弥治郎から予め、子が産まれた場合の身元引き受けを託されていた。宇吉のところの女の子も同じ年であることを思い出す。随分勝ち気な子だ。神津はこの5年の間にも変化は著しく、全てが大きく揺れ動いていた。

 青山は弥治郎が明けぬ夜に過ごすより夜が明けることを望んだことについて、それも一つの選択だろうと思っていた。青山は随分前に明けぬ夜に暮らすことを決めていたからだ。

 もうすぐ新しい年が明ける。


Fin

宇吉が主人公の話を横溝正史ホラミス賞用にカクヨムで書いています。

落ちたらそれを持ってきます。そっちは鷹一郎さんが出ます。

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