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陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語 ~明治幻想奇譚  作者: tempp
あけぬ夜はなし 朝を待ちわびる二人の話 明治16年秋 ←エブリスタ執筆応援「執着/独占欲」佳作

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   コンペティションの結果

 女中に揺り起こされて弥治郎は目を覚まし、気づけば涙がこぼれていた。

 短い夢を見ていた。

 夢の中で、弥治郎は夕霧と暮らしていた。朝起きてその光の中で夕霧と朝食を取っていた。弥治郎と夕霧の間には一人の男の子がいて、それが騒がしくしているのを横目に弥治郎は店に出る。今日も一日が始まる。そんな夢だ。

 柔らかく上等な布団の手触り。布団でゆっくりと眠るなどいつぶりだろう。久しぶりにぐっすり寝たせいか体調は幾分上向き、目の下の重だるさがわずかに解消されていた。

 思えばここのところ店に戻って短い仮眠を取ってから、そのまま店に出ていたのだ。周りが心配するのも当然かも知れない。弥治郎は漸くそこに思い至った。

 弥治郎は青山が運ばせたのだろう洋装にいそいそと着替えた。そのノリの効いたパリっとした着心地は、自然と弥治郎の背筋を伸ばさせ、その視線を上に向かせた。


 久しぶりに真昼の往来を歩く。様々な人間が堂々と歩いていた。まるで別世界のように感じる。俺はこのように陽の光の下を夕霧と歩くことなどできないのだろう。

 コンペティションの発表は神白(かじろ)県庁で行われる。不思議と足は軽く、30分ほどかけて漸くたどり着けば、それなりの人集りの中、既に青山と宇吉が揃っていた。

「白河さん、今日は少し体調が良さそうですね」

「えぇ。お陰様で眠れました」

「きっと大丈夫ですよ。自信があります」

 宇吉の笑顔はいつも通り眩しかった。

 ホールには4組の衣装が展示されている。弥治郎の目には贔屓目を抜きにみても、宇吉と自身がデザインした制服と制帽が最も優れているように見えた。そしてそれは周囲にとっても同様であったらしく、二人のデザインの前に最も人が集まりそして選ばれたのはやはり、二人のデザインだった。

 宇吉は子どものように飛び上がって喜ぶ。弥治郎はその姿を、まるで違う世界であるかのように遠くに眺めている自分に気がついた。

 表彰され、簡単なセレモニーがあった。その後の契約締結を含めた細かな調整ややり取りは青山がやってくれる手筈になっている。弥治郎も宇吉も大きな商売には手慣れていない。だから共同経営者であり、そういったことに慣れている青山が引き継ぐのだ。これで一つ、肩の荷が降りた。

「やりましたね、白河さん。これで身請金が用意できます」

「ああ、そうですね」

「夕霧さんのドレスもほぼ完成しました。私は生誕祭(クリスマス)の夜、東雲と新地教会で祝儀を挙げる予定です。よろしければ、いえ、もし可能でしたらお二人でいらして下さい」

「夕霧と相談してみるよ」

 弥治郎は堂々と身請けをすると言える宇吉がとても眩しく思えたけれど、嫉妬のようなものはおこらなかった。堂々と身請けできる。それが宇吉と東雲とやらの距離なのだろう。夕霧は光が差さず、楼主の煙が途切れぬ幽凪屋を出ることができない。けれども先日楼主と話し合い、弥治郎は幽凪屋の一室でひっそりと祝言を挙げることに決めていた。


 弥治郎は翌朝、震える手の内にある婦人用の帽子を眺めていた。少々複雑な作りをした帽子だ。朝の夕霧は夜の夕霧より少し頭位が大きい。だから合わせの部分を作り、大きさを変えられるようにしている。だからそうして普段使いできるよう、鍔を3種類と季節に合わせられるように造花やヴェールを始めとして複数の飾りを作った。

「このように帽子の内側の部分に鍔や飾りを引っ掛けるのだ」

「複雑で、ありんすね。わっちに、覚えられるで、ありんしょうか」

「大丈夫だよ。すぐ慣れるさ」

 嬉しそうな夕霧に弥治郎は頷いた。

 コンペが終わり、交々(こもごも)の些事の調整が終了して後、弥治郎は店を番頭と青山に任せ、休みを取ることにした。番頭も皆も療養を薦めた。コンペの日は僅かに復調したものの、その後、それほどに弥治郎の様子は悪化したからだ。

 それは弥治郎が朝の夕霧に少しでも慣れようと荒療治をしていたからだ。夜を夕霧と過ごし、朝に楼主の監督の下で事故が起こらぬよう、僅かな時間を慣れる。

 すでに弥治郎は夕霧を自宅に引き取ることは諦めていた。そんな条件は土台成立しないのだ。代わりにコンペで得た大金は全て幽凪屋に預け、これまでの夕霧の借金の返済と今後の費用のたしに充ててもらうことにした。つまりその金が続く限り、夕霧が他の男に身を売ることはない。そのこと自体は弥治郎にとって得難い価値だ。そして幽凪も金子を受け取り、通常の客と異なり朝になっても退去を求められなくなった。


 最初、弥治郎は朝の夕霧を目にするだけで引き付けを起こし、夕霧もその抑えがたい本能で弥治郎を捕らえようとした。差異は依然埋まることはない。だからこそ差異なのだ。弥治郎は夕霧に根源的な恐怖を感じ、夕霧は弥治郎に根源的な欲求を覚える。その互いの本能的な部分は全く変わらずとも、僅かずつに体を慣らすことはできた。

 弥治郎は時には楼主に腕を掴まれ、目を瞑りながらも夕霧の表面に触れることができるようになった。時には弥治郎と夕霧はそれぞれ部屋の隅に縛り付けられ、長い時間を過ごした。

 そうしていくうちに、沸き起こる恐怖は変わらぬまま弥治郎の全身の震えは僅かに治まるようになり、弥治郎が恐る恐る朝の夕霧の唇に口付けをしても夕霧の大顎が割れることは無くなった。夜の夕霧を震えながら抱きしめることができるようになった。

 その頃にはすっかり弥治郎は幽凪屋に住み込んでいた。

 朝遅くと夕に遊女たちと一緒に食事をとった。その場には所用がなければ楼主も同席し、同じように食事をとった。遊女たちと暮らすうちに、いつしか遊女達の異相が気にならなくなった。そして遊女それぞれに人と同様、個性というものがあることに気づいた。夕霧の隣の席に座ればある者には揶揄われ、ある者には憐れむような目線を向けられた。弥治郎はそれが自身とそれぞれの遊女との差異というもので、それは幽凪屋以外で出会う人間たちとの間に生ずるそれぞれの差異と異なるものではなかった。

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