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陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語 ~明治幻想奇譚  作者: tempp
あけぬ夜はなし 朝を待ちわびる二人の話 明治16年秋 ←エブリスタ執筆応援「執着/独占欲」佳作

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   楼主の説得

「夕霧、俺はお前が五十年ほど前から格子の内に座っていると聞いたよ」

「……主さん、それは本当でありんす。わっちをお嫌いになりんしたかえ」

 夕霧はいつものように儚く微笑む。

 五十。その表情を見るに、ことさら嘘をついているようにも思われない。けれども美しい肌は吸い付くようで、合わさる唇は瑞々しく震えた。生半に信じられぬところはあるが、よく考えれば弥治郎はこれまで夕霧に年齢など聞いたことはなかったのだ。年齢の情報を得たとて、それで夕霧との関係が何かかわるものでもないだろう。そのように、思い直した。

「別に年齢などどうでもいいことだ。お前が五十であったとしても、俺はお前が愛おしい」

「やはり信じてはおられんのでありんしょう?」

「わからん」

「主さん?」

「俺にはお前が五十とは思えんが、五十であったとしても、おそらく変わらぬと思う」

 弥治郎の言葉に、夕霧はわずかに驚いたようで、目を瞬かせた。そして疑わしい目で弥治郎を見た。

「お前こそ、俺のいうことを信じてないじゃないか。俺はお前を身請けしようとしているんだぞ。身請けする以上、お前が皺くちゃの婆になっても手放すものか」

 夕霧は小さく微笑む。

「他に何か俺に話していないことはないか?」

「話していないこと、でありんすか」

「そう。例えばお前が化物であること」

 それまでにこやかだった夕霧は、その弥治郎の声にびくりと震える。先ほどより大きな反応に弥治郎は戸惑う。弥治郎は夕霧を化け物であるとは思ってはいない。けれども僅かに逡巡した。やはり何かあるのだろうか。化物であるといえるようなことが。それを聞けば、夕霧が身請けを嫌うであろう何かが。

 夕霧は諦めたように、ほうと息をついた。

「主さん。わっちは本当に化物でありんすえ。ですけれど、楼主様は今回はわっちを止めては頂けんした」

「止めては? 楼主に反対されていたわけではないのか?」

「ええ。楼主様は幽凪屋の遊女に身請けの話があった場合、最終的には遊女が決めるものだとお言いにはなりんすけど、たいていの場合は止めるように説得されんす」


 いいかい。お前はこの家の外では化物だ。世間の風はとても冷たい。この幽凪屋でなければその目からお前を守ることはできないんだよ。

 確かに身請けというのは余程のことだ。お前は愛されているのだろう。けれども夜に化物に会いに来るのと、日々家の中に化物を飼うのとでは、世間様の見方というものが全く異なるのだ。だから今はよくとも、しばらく後にお前のご主人様はお前を厭うようになるかもしれない。

 そうすればお前は普通に身請けされて愛人となるのと異なり、真の意味でただの化物となるのだ。私にはそのような未来しか見えない。

 だから私はお薦めしかねる。ここに止まる方が良いと思うがね。


 楼主は通常、そのように遊女に思いとどまるよう説得するのだそうだ。そして実際、身請けされた遊女の半数は暫くして手紙の音沙汰もなく消息が不明となり、時折噂として化物の死体がどこかの河岸に上がったという話として伝わり、さらに稀には幽凪屋に戻ってくるそうだ。戻ってきた折には酷く傷心し、何日でも楼主が話を聞いて甘やかし、その傷を癒すという。

 弥治郎としてもあの格子の異形を思い出すにつれ、幽凪の言う言葉もやむを得ないと感じた。遊女の身請けには莫大な金が動く。だから身請けできるというのは、ある意味遊女に大金を叩いたというステータスとなるのだ。だから身請けは喧伝されることが多い。けれどもあれら化け物の身請けをすれば、ひっそりと家に閉じ込めておくより他ないだろう。連れ歩くことなどできはしない。

 やはり、あいつらは世間にとっては化物なのだ。

「けれども夕霧、お前が楼主に止められなかったというのなら、やはり俺の身請けには問題がないのではないか?」

「いいえ、それは逆でありんしょう。わっちの本当の姿を見れば主さんは」

「本当の姿? 今の姿は本当の姿ではないのかい?」

 夕霧は、しまった、とでもいうように口元を押さえた。弥治郎は夕霧の柔らかな髪を手で櫛削る。本当の姿。そんなものがあるというなら、俺はこの夕霧を嫌いになってしまうとでもいうのだろうか。

 ありえない。

 弥治郎の魂はそう叫ぶ。夕霧は自分の運命だ。魂の伴侶だ。初めて見た時からそう感じた。現在も持続するその感情は、必ずしも夕霧の姿の美しさのみで湧いた感情ではないように思われた。

「主さん。今のわっちは人としての姿でありんす」

「人として?」


 夕霧には日の下を歩けぬ不具があった。

 楼主が伝手を頼りその原因を探ったところ、夕霧の先祖には妖がいて、夕霧にはその血が色濃く残っていることがわかった。そして日の下を歩けばその制御ができなくなるのだそうだ。

 日の下では? 妖というものは夜に姿を表すものではないのだろうか。そのような疑問が弥治郎に浮かぶ。

「その姿は恐ろしいものでありんす。そしてその心根も恐ろしい」

 そのように述べて目を伏せる夕霧を見ても、弥治郎にはちっともピンとこなかった。この美しい夕霧の中に、恐ろしいものが潜んでいるとは思えない。弥治郎は夕霧の瞳をじっと眺めた。

「その恐ろしい姿はお前とは全く異なるものなのかい?」

「異なるといえば異なりんしょう。けれどもそれもわっちでございんす。その化物も含めたわっちでありんす。わっちは主さんに相応しくありんせん」

「その恐ろしい姿というものを一度見せてはくれないか。俺はそれでもお前が好きだと確信している」

「けれども」

「そうでなければ俺は納得できない。俺はお前を手に入れたい。誰のものでもなく俺のものにしたい」

 その魂の叫びを受け取った夕霧は、ふるりと閉じたまぶたを再び上げた。そのとき、その瞳はいつぞやに見た強い決意というものを秘めていた。

「……それでは楼主様にお頼みしんす」

「楼主に?」

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