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陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語 ~明治幻想奇譚  作者: tempp
狂骨紅籠 夜な夜な訪れる髑髏の話 明治16年夏 ←第30回電撃小説大賞3次。

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棺の中身

「本当に困ってたんですよ。舶来物らしいけど、気づくと中のものが湿気って腐ると苦情ばかり。でもお安く譲っていただいたものだから言い出しづらくってね」

「そうなんですね、芦屋(あしや)殿から依頼され、具合の確認に伺いました」

「ありがたいことです」

 芦屋というのは伊左衛門の屋号だ。

 水戸で伊左衛門が荷を売り渡した商家の番頭は、俺と鷹一郎を残して立ち去った。

 どうやら一式は貸家の設備として引き取られたものらしい。その長持は、蔵の暗がりに埃にまみれてひっそりと横たわっていた。パッと見た所長持ちに見えなくはないが、よく見ると違う。言われてみれば長持ちにしては形がおかしい。片側が高くやや湾曲に反り返った重そうな蓋が壁際に立てかけてある。人が一人寝転べる大きさ。

 これは長持ちではなく棺桶なのか。

 そう思うと途端に気色が悪くなってくる。触れたその中はしっとりと湿り、顔を近づければ僅かに嗅ぎ慣れた腐臭が漂う。

 俺の隣の髑髏は俺を引きずり込むわけではなく、ただ、隣に突っ立っている。

「入って下さい」

「まじかよ」

「そうですよ。お仕事です」

 鷹一郎はさも当然のように首を傾げる。頭がおかしい。


 |棺の前に行くと棺が開き《至柩前、柩忽自開》、

 |二人で入ると蓋は閉じられ《擁之同入、隨即閉矣》、

 |ついには棺の中で死んでしまいました《生遂死於柩中》。


 改めて眺める。目の前には底が見える綺麗な昏い箱。

 すでに蓋は開けられている。入れば閉じ込められるのだろうか。

 背中にぺたぺたと紙が張られた。守りの札だ。鷹一郎の式神だ。

 覚悟を決める。ヘリを掴むとふわりとその内から風が吹き、見えぬ湿った腕に掴まれた、気がした。ごくりと唾を飲む。棺からぞろりと陰気がたち昇る。人一人分がゆったりと横たわれる、大きさ。

 自分から入るのは良くないのではないのだろうか。

「往生際が悪いですねぇ」

「仕方ねぇだろ。好きで食われるわけじゃねぇ」

「この後に及んで怖いのですか?」

 やれやれとため息をつく鷹一郎に苛立ちまぎれに、けれども恐る恐る冷たい棺に足から入り、横たわる。たふたふと底から沸き上がる湿気。

 麗卿は12年の間ここに横たわり、それから。それからどうなったのだろう。瞿佑は道士に祓わせた。けれどもそれがなければ、どうなったのだろうか。

 拒絶した喬生は翌日死体となって見つかった。

 他の話では一年暮らして成仏した女霊もいるという。

 それで、この話は。この話はどこに向かう?


 湿気。

 気づくとそれが俺を包み込んでいた。息が次第に苦しくなる。

 いつのまにかギギィという音がなり、重い蓋が閉じられた。

 そこは真の闇、何もなく、ただ、闇。寒い、冷たい、苦しい。このような中で麗卿は12年も居たのだな。この骨をも凍らせるようにシンと冷たい箱の外で出会った喬生は、人肌はどれほど温かかっただろう。糞野郎であったとしても、縋らずにはいられない。

 ぽぅと赤い灯が灯る。

 それがゆらゆら近づいてくる。

 牡丹灯籠、それだけが闇の中で芒と光っている。手を伸ばせばすぐ左右と背に棺の板目がある筈なのに、それはもはや何処にも感じられない。ただ、無限に広がる宙空の冷たい闇に不確かに浮遊するような気持ち悪い感覚と、足元からゆるりと昇ってくる何者かの気配。それから甘く腐った香り。追うように湿っていく俺の着物。ぞぞりと骨が俺に触れる感触。圧迫。


 ひた、ひた。

 ……だんな、さま、ぁ……

 どこに、どこにいらっしゃった、の……


 最初は耳を澄ませてようやく聞き取れたのに、ずっと聞いていたからかすっかり判別がつく。いや、違う。麗卿は旦那様に会いたい、どこにいるのかしか話していなかった。だからわかりにくいその言葉に俺の耳が慣れたのだ。狂おしいほどの渇望、狂気、愛。

 こんなに近いのに俺の居場所がわからない。いや、もう、わかるはずだ。俺が閉じ込められているのは麗卿の内側なのだから。

 この漆黒は麗卿の異界。麗卿のあの世。どこまでも広がる外の世界と隔絶されたたった二立法メートル程度の狭き世界。だから俺自身がどこにいるかはわからずとも俺をすっかり包み込んでいることはわかっているはずだ。

 猛る動悸を抑えて息を整えると、ふと牡丹の香りが漂った。首筋に回される冷たい腕。唇に触れる湿り。

 狭いその内側に麗卿の気配が満ちる。この内側全てが霊卿。


 ここに、おられるのですねぇ……

 ……ずいぶんおさがし、もうしあげましたぁ


 その声音はふるふると骨を通して俺に響き、頭の中で言葉になる。

 この世の中に、この黄泉に、たった2人しかいないと思わせるような凄まじい孤独感と、それから2人でいられるという少しの安堵感と喜びがないまぜになった、反響する湿った音。これでは二度と離さぬと思うはずだ。

 麗卿に抵抗してはならない。

 麗卿を否定してはならない。麗卿はただ喬生を好いていて、一緒にいたいだけなのだから。

 俺からは麗卿に呼びかけても反応してもならない。俺を俺と認識すれば、麗卿は俺が喬生でないことに気がついてしまう。

 ここは麗卿の夢の中だ。不確かで夢のように全てが曖昧なその世界で俺は麗卿に食われる。それが俺の仕事。ふわりと上がる湿度。俺をねとりと圧迫して絡みつくのは女の腕か肋骨か。

 浅く息が絡まる音を聴きながら時間の経過をただ待つ。ただ。

 哀れな麗卿に自ら触っては、いけない。声をあげても、いけない。ふりほどいても、拒絶しても。

 なんだかそれはとてもいじましく、頭の一つでも撫でてやりたくなるような、そのような時間を静かに耐える。

 その時間は随分と長く、最後にようやく女が大きく息を吐き、俺を締め上げる(かいな)の力が僅かに緩んだその瞬間だ。

 真っ暗な闇に僅かに閃光が浮かんだ。

 俺に張り付いていたたくさんの人形(ひとがた)の紙がはらりと(ほど)け、淡い光を放ちながら浮遊して狭い棺の外縁に向かって散り、境界の四角を浮き彫りにする。

 思い出した。ここは無限の闇ではなく、せいぜい人一人が入れるだけの狭い棺なのだ。そう思った瞬間幾枚かの紙が(くさび)のように蓋を押し上げ、唱え続けていたであろうその低く澄んだ音を棺の中に呼び込んだ。

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