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陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語 ~明治幻想奇譚  作者: tempp
狂骨紅籠 夜な夜な訪れる髑髏の話 明治16年夏 ←第30回電撃小説大賞3次。

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その箱は

 鷹一郎から聞いた麗卿は12年も放置された死人だ。

 妻を失ったばかりの喬生は正月の灯籠祭りで麗卿に出会って恋に落ち、麗卿を自分の家に連れ帰って懇ろとなったところを隣人に妖だと告げられる。

 喬生は半信半疑のまま、麗卿から住んでいると聞いた湖西寺に行き、麗卿の()と書かれた棺桶とその傍らにいつもの牡丹灯籠が揺れているを見て麗卿が死人であることを知り、法師にもらった札を自宅の門に貼ると麗卿は来なくなった。

 一月後に友人と飲んで酔っ払った時、法師に行くなと言われていた湖西寺にわざわざ行って引きずり込まれて死んだ。

 それでその後3人で周辺の住民を祟ったために調伏された。

「変でしょう?」

「そうか? 祟ったんだろう?」

「12年も祟らなかったのに?」

 確かに麗郷は12年もの間、静かに眠りについていた。何故襲う。確かによくわからないな。

 麗卿が喬生を引きずり込んで本懐を得たなら、その後に他人を祟る必要はない、よな。喬生と会う前にもともと人を祟っていたわけでもなし。そうすると祟ったのは麗卿ではなく喬生なのか?

 ちろりと視線の端で髑髏を見ると、それはただふわふわと浮いていた。

 取り殺されそうという恐怖はさておき、髑髏はひたすらに俺に絡みつくだけだ。あの世に引きずり込まれそうだとしても、それは俺を害をなそうというよりは単純に俺を求めているというような一途さを感じる。

「この剪灯新話は各地の怪異をベースに書かれたものです。だからこの道士の活躍の下りは別の話を混ぜたのでしょう」

「別な話?」

「そう。剪灯新話の中で、霊が愛する人を取り殺すのはこの牡丹灯記くらいでしょうか。それで瞿佑自身も序文でこう述べています」


 |勧善懲悪や苦しんだ人を救うということも《而勸善懲惡,哀窮悼屈》

 |世間としては必要だろう《其亦庶乎言者無罪》


「だから取り殺された、で話が終わらないよう道士を出して調伏する話にしたのでは。因果横暴という演出ですね。噛み合っていませんが」

「ふうん? するっていうと、どうなるんだ」

「誰にとって不条理かという話です」

 鷹一郎はすました顔で、麗卿か、喬生かと呟く。

 誰にとって不条理か。取り殺された喬生ではないのだろうか。

 けれども喬生とはどんな男なのだ。これまで考えもしていなかった『旦那様』を思い浮かべる。妻をなくしたばかりで女を家に連れ込む。せっかく札で防いだのに本体のいる湖心寺に行く。

 そこまで考えて、俺も同じように髑髏の本体のところに向かっているなと思うと薄ら寒くは思えてくる。行きたくねぇ。けれども祓うには行くしかねぇ。

 うん?

 喬生は何故態々行く。喬生は麗卿を祓えていた。近寄らなければ何も起こらなかったはずだ。

 面白半分? 友人に話して酔ったついでに肝試しのつもりで?

 そんな馬鹿な。

「この話で調伏されたのは、つまり悪は3人です。喬生を取り殺した麗卿。術具である麗卿の従者金連。そして、喬生」

「喬生が何をしたっていうんだ」

「妖とはいえ、17歳の生娘を引っ掛けて半月ほど弄んで無残に捨てたんです。恨まれても仕方がないでしょう。喬生を取り殺すまで麗卿は人を殺したりなどしていなかった。だから瞿佑は懲悪のために、被害者であるはずの喬生を祓わせたのです」

 弄んで無残に捨てた?

 隣人が麗卿が髑髏であることを見破ったんじゃないのか?

 うん? 死体は瑞々しかったのか? 髑髏じゃない? どういうことだ。

 不審に眉を潜めた俺に、鷹一郎はさも当然のように言う。結論から言え。

「結局ね、麗卿が骨と言ったのは隣人だけで、喬生は見ていないんですよ。隣人の嫌がらせや言いがかりを麗郷に飽きた喬生が丁度いいと利用したのかもしれません。恐ろしい姿を見ていない喬生の主観に危機感はない。だからのこのこ酔った勢いで捨てた女の家の前まで(からか)いにに行った」

「おい」

「だってほら」


 |私はあなたに燈籠祭で初めてお会いして《妾與君素非相識,偶與燈下一見》

 |あなたは私を好きになってくれました《感君之意》。

 |だから私はあなたに全てを捧げて《遂以全體事君》

 |夜に来ては朝に帰りあなたに尽くしたのに《暮往朝來,於君不薄》。

 |それなのにおかしな道士の言うように《奈何信妖道士之言》

 |急に私を疑ってそれっきりです《遽生疑惑,便欲永絶》。

 |あなたは何て酷い人とお恨みしました《薄倖如是,妾恨君深矣》。

 |けれどもやっとお会いできました《今幸得見》。

 |だからもう、諦めることはできません《豈能相舍》。


 なんだか急に、悲しくなった。

 麗卿は捨てられたのか。視界の端に映る一途にすがりつくその姿が急に哀れに思えてくる。

 うん? ()()()

「札を貼らなければ、喬生は死ななかったのか?」

「少なくとも麗卿にそのつもりはなかったのでしょう。拒絶されたからこそ、一緒にいようと願った。そのように思えます。剪灯新話には恋人と1年暮らしてあの世に返ったり姿を消す幽霊の話もあります。屑のような男はどこでもいます。出会いが悪かったのでしょう」

「出会い、か」

「だから哲佐君は麗卿をすげなく扱わないであげてくださいね」

「うん」

 麗卿は人を祟り殺した以上、祓われる必要はあった、のかな。一緒にいたかっただけだとしても。

 そう話しながらも鷹一郎は手元を忙しく動かし、麗卿を祓うための術具を編んでいた。憐れだな。

「それで話は戻りますが、麗卿の棺は湖心寺という湖畔の寺に安置されていました。極めて湿度が高い。だからその遺体は瑞々しかった」

「うん? 湿度?」

「そうです、湿度です。そろそろわかるでしょう? 大学の地質の講義を思い出して下さい」

「……死蝋化したのか? それなら何故、俺や伊左衛門の元には骨の姿で現れる」

 死蝋化。

 高湿度や高乾燥等の理由で腐敗菌が繁殖しない状態で、脂肪が変性して蝋化や鹸化を引き起こす。日本でも沼地の底には古代の死体がそのままの形で埋まっていることがある。

「死蝋って環境変化に弱いんですよ。温度や湿度、掘り出すだけでも場所を移すだけでもすぐ崩壊する。そんな屍蝋が無事に日本海の荒波を渡ってこれるはずがありません。それ以前の輸送の際に既に壊れていたのかも。だから哲佐君や伊左衛門氏が見たのは髑髏という麗卿の残滓なのでしょうね」

 遠い海を渡ってその身を崩壊させながらも愛した男を探している。何百年も昔から。


 東回り航路で那珂湊(なかみなと)まで至り、ここから更に水戸に向かう汽船に乗り換える。

 その度にふよふよと俺の隣に浮かびついて来る髑髏に昏い気持ちとともになんともいいようのない寂寞(せきばく)の念が浮かぶ。

 今、俺と鷹一郎は伊左衛門が仕事をした水戸に向かっている。東京の仕事と同じように、伊左衛門は伝手を頼って家具を買い、伝手を頼って水戸市内のある商家に売却された。

「伊左衛門はなんでそんな遠いとこから来たもんに引っかかったんだ」

「手に入れて売り払ったからです」

「何を?」

「棺桶を」

 棺桶を? そんなもん再利用(リサイクル)するか?

 そんなことすりゃ取り憑かれて当たり前だ。馬鹿馬鹿しい。

「棺桶だと思わなかったのですよ。ほらここ」


 女の死体と横たわり(與女之屍俯仰臥於内)


「哲佐君は棺桶ってどういう形だと思います?」

「そりゃ桶だろ。座って埋めるんだから」

「日の本だと座棺ですよね。でも海の外では異なる。仰臥(ぎょうが)というのは仰向けに寝転がること。つまり中国の古典、この話は元代ということになっていますが元は火葬だそうですから、その前の宋の文化が残っているのでしょう。それで宋の棺は寝棺です。人が寝転がって収まる大きさ。そんな大きさの家財、ありますよね」

「……長持(ながもち)か」

 つまるところ、伊左衛門は家財一式の売却を請負い、その中にその長持があったのだ。

 伊左衛門の仕事ぶりは極めて丁寧らしい。中古品というのはその使用感や見た目で大きく価格が異なる。伊左衛門はその棺桶を丁寧に扱ったのだろう。綺麗に拭いて、美しく飾り、だから取り憑かれた。

 不条理だな、本当に。

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