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陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語 ~明治幻想奇譚  作者: tempp
鎮華春分 桜に囚われた千代の話 明治16年初春 ←エブリスタ執筆応援「契約」準大賞

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   桜の牢獄

「あんたが千代さんか?」

「そうですが、あなた様はどちら様でしょうか? お会いしたことがありましたでしょうか」

 目の前から戸惑うような声が聞こえた。

「いや、会うのは初めてだ。俺は仕事でここに来た」

「お仕事……?」

 目を凝らす。なるほど、そういうことか。

 その言葉の通り、千代は桜に囚われていた。というより桜と同化しかけていた。千代の体の所々から皮膚から桜の枝が生え伸び、その枝は千代自身の腕や足、腹に絡みつき、千代を身動き取れぬようにさせていた。


 手がかりを求めて左右を見渡せば、確かに二十メートル四方程度の広さの土は黒く、外の銀世界から隔たれていた。その黒の中に10本ばかりの木が生えている。目の前のこの木が千代。そうすると他の木はなんだ? あれらもそれぞれ人の慣れ果てなのだろうか?

 更に目を凝らしてよく見ると、周囲の木々はわずかに蠢いているようにも見え、どことなく、人のような気配もした。酷く痛ましく見えた。その苦しみが伝わるようで、心が痛む。

 けれども俺はホッとしていた。千代は苦しそうには見えなかったからだ。ひどく窮屈には見えたけれど。よかった。心底俺はそう思う。周囲の木々のように苦しむんじゃ、死んだほうがまだ楽そうにみえた。

 俺が頼まれてるのは千代だけだ。それに俺は他の木はただの木にしか見えはしない。元々の人のイメェジを持たん。だから人の気配は感じても、どこの誰だかはちっともわからん。


 それにしてもこれは何だ。一体どうなっている。 

 改めて千代の木の正面に立つ。

 これは何だ?

 木なのか? 人なのか?

 生きているのか、死んでいるのか。

 わからない。ふつりと皮膚から突き出る桜の枝はその根元で皮膚を強く引き攣らせている。だが皮膚と枝の区別は曖昧だ。千代の白い肌色から桜の茶色にグラデーションをもって淡く変化している。皮膚を突き破っているのではない。皮膚から生えているのだ。千代という幹から新しい枝が伸びている。

「あんたに生えてるその枝の部分を全て切り離したら、そっから抜け出せたりするのか?」

「……切り離す……そんなことができるのでしょうか」

「わからねえ。試してみようか? 丁度斧は持ってきている」

 背負う金属に手を伸ばす。

「……この木の部分は全て繋がっているのです。だから私の木の部分を切り離せば、主様が起きてしまうでしょう」

「あー、なるほど」


 正面を、千代の背後を見上げる。

 千代を含むたくさんの細い木々の真ん中には幹回りがゆうに5メートルはありそうな桜の巨木がずどんと立っていた。節くれだった黒い瘤がぐねぐねと絡まりあった巨大な古木。他の細々と生えている木と比べて桜の蕾はついていない。なのに何故だか桜とわかる。

 これがやはり本体か。辻切が丘から眺めた時にひときわ大きく見えた巨木がこれだろう。

 思わず息が浅くなり、顔が引き攣れるのを感じる。これは俺を食うものだ。逃げなければ。本能がそう告げる。

 そうだ、これにとって俺はただの餌でしかない。同じ餌である千代だけなら、なんとか掻っ攫えねぇかとも思ったが、本体相手じゃ俺にどうこうできるもんじゃねぇ、な。カクカクと膝が笑う。

 まったく彼我の差、特に自分の矮小さに溜息が出る。俺はただの人間だ。それでも俺は千代を助けたい。あの赤矢の悲しそうな顔を見てしまったから。


「あんたは村に帰りたいのか」

「いいえ、わたくしは帰ることはできないのです」

 妙にキッパリとしたその言葉。決意のこもったその言葉。なんとなくそんな気はしていた。千代はずっと、泣き喚くでも頽れるでもなく、ここにただ気丈に立っていたのだから。

 つまりこの千代がここにいることに、千代なりに理由があるのだろう。

 これは随分、骨が折れるな。

「俺は赤矢誠一郎の使いで来た」

「誠一郎様の……? 誠一郎様はここに来てはならないのです」

 これまでの泰然とした様子が崩れた。

「うん、だがあいつは諦めないと思うよ。もうあんたしか見えてないんだから。だからいつまでもこの桜林の周りをぐるぐるぐるぐる彷徨い続ける」

「そんな……わたくしはどうしたら……わたくしはここを離れてはならぬのです」


 初めて見せた動揺。

 そうか、やはり好き合っているのだな。そうは思うが、今の俺にできることは何もない。

「さぁて、ね。ともかく次は赤矢を連れてくる。そのときはここに入れてもらえると話は早い。俺の雇い主は強引だから、あんたがどう思おうが赤矢がどう思おうが、引き受けた以上全てを暴力的に解決する。だから次来るときまでにはどうしたいかよく考えておくのことを勧める。じゃあまたな」

 そろそろヤバい。

 足元が蠢動し始めている。まるで春の息吹のようなうねりを感じる。おそらくこれが赤矢が呑まれた何か、だ。

 悍ましい。

 この一見若草のようにみえる蠢く触手と、この引きちぎれるような怨嗟の声を上げる木々。それらが俺の足を絡め取ろうとして、その前に足を持ち上げて踵を返す。

 そういえば赤矢は目が悪いんだったなぁ。これが見えてなかったのなら幸運だ。

 その春の領域から一目散に逃げ出す時、俺の首の後ろに張り付いていた鷹一郎の式神がぺろりと剥がれ落ちた。

 そして方向を見失った俺は雪まみれになって遭難しかけた。

 糞、真っ白な中でどうやって戻りゃいいんだよ!

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