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陰陽師土御門鷹一郎と生贄にされる俺、山菱哲佐の物語 ~明治幻想奇譚  作者: tempp
鎮華春分 桜に囚われた千代の話 明治16年初春 ←エブリスタ執筆応援「契約」準大賞

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   神津湾の夕焼け

 茶屋の前の狐坂に目を移すと、ゆっくりと影が蠢いた。既に日は落ちかけ、狐坂は両側を囲む木々の深い影が坂の中心に向かって伸びている。

 その影から、黒っぽい羽織姿にこれまた黒の角袖外套、それから駱駝の中折れ帽子がにじみ出るように現れた。それがこちらに気づいてペコリと頭を下げた。

 ああ、こいつがあの手紙の主か……。

 みているだけでひどく悲しさを溢れさせるその気配に、なんだか酷く嫌な気分になる。

「お初にお目にかかります。赤矢誠一郎と申します。東京の鍵屋殿にご紹介賜りまして……」

「まあまあ堅苦しい挨拶はやめにしましょう。私は土御門鷹一郎と申します。こちらは助手の山菱(やまびし)哲佐君」

 軽く交わした会釈は、狐坂に長い影を落とした。

 鍵屋というのは帝都で知り合ったおかしな何でも屋だ。ひたすらに人脈が広いものだから、時折こんな話が引っかかる。ひとおりの挨拶を済ませて赤矢は静かに席についた。


「赤矢さんはここに通われて長いんですか?」

「ええそうですね。1年ほどになります。ちょうどこの二東山のふもとの逆城南で建築の仕事をしておりますので」

 ちょうど今、逆城南は開発が進んでいて、次々と新しい建物が建築されている。赤矢はそのうちの1つを手掛けているのだろう。

「なるほど。今、逆上村のあたりの地図を見ていたのですが、あなたが手紙で書かれた桜林というものが見当たりません」

「桜林、ですか?」


 赤矢は目を地図に近づけて村の周囲を見渡し、改めて鞄から眼鏡を取り出して再度あたりを見回した。

「確かに書いてはありませんね、桜林とは。それにこの辺りの人に聞いても桜林などないというのです。けれども、私は確かに見たのです」

 わずかに強まった赤矢の語気を、鷹一郎はさらりと流す。

「私はあなたが見たことを疑っているわけではありません。ただ場所がわからねば行きようがないと思いましたので」

「なるほど。そうですね……この辺りです」

 気を取り直した赤矢が指さしたのは梅林のさらに奥、且つ、逆上村の奥。地図上には何かの木がぽつりぽつりと記載されている地点。

 ふうん。なんとはなしに、辻切の高台から見た景色が思い浮かぶ。

「桜林の広さはどのくらいなのですか?」

「広さ? そうですね、それほどの広さでは……手紙にも記載致しましたが、地に雪があるところとないところがございました。雪がない範囲はせいぜい二十メートル四方でしょうか」

「桜は咲いていましたか?」

「いえ……桜はまだ咲いておりませんでした。ですからひょっとしたら、林の範囲はもっと広いかもしれませんし、狭いのかもしれません」

「あなたは桜の有無でその範囲を判断したのですね。けれどもどうやって桜と認識されたのです? 咲いてはいなかったのでしょう?」

 赤矢はわずかに首を傾げる。桜の木と他の木は、見慣れれば見分けはつくものではないのだろうか。

「……そう言われると、些か不安になってしまいます。けれども私はそこは確かに桜林だ、そのような確信があったのです。千代も桜林と言っておりましたし、確かに桜の香りがしたような……」

 赤矢と名乗る男は顎を擦りながら、何だか自信がなくなってきました、と寂しそうに独りごちた。その全身にはやはり、悲しみがにじみ出てみた。

 それに引き換え我が身を振り返れば独り身の風来坊だ。一人飲んだくれの毎日の暮らしと引き換えればこの赤矢の人生というものは、俺のようなやさぐれと違ってやけに人間味が溢れているような感じられた。思わず声をかけようとしたところを鷹一郎に遮られる。

 まぁ、俺なんぞが口を出してもこじれるだけか。


 千代さんの容姿やら好み、どんなものが好きかと言った仔細に話は移る。今風のすらりとした美人だったらしい。

「ありがとうございます。ところでこの茶屋が千代さんが働かれていた茶屋でよろしいのですよね」

「ええ、そうです。時間がある時は丁度この席で千代の仕事の終わりを待って、山の麓の下宿まで送って行きました」

 赤矢の視線につられて南側の海を眺める。

 丁度時刻は黄昏。西にある山々に落ちかけら夕日が水面をオレンジと黒に染めあげる。二東山の南の神津湾の内側はすっかり茜色に染まり、その表面を笹の葉のような小舟が何艘か黒く漂っていた。そのさらに奥、開港場と外国人居留区のあるあたりには大きな黒船が一艘係留されている。それらの合間にチロチロとした銀色の波間と黒いカモメの影が浮く。

 この光景を夕毎に眺めていたのだろう。赤矢の半分赤く照った顔は懐かしそうに眉をゆがめ、そして悲しさを耐えるように口を引き結んでいた。やはりその様子は、やけに人間じみて見えたのだ。


 鷹一郎は丁度外に出てきた女給に声をかける。とたんに女給は頬を染めた。さっき鷹一郎が店に入った時もそうだが、俺の風貌を見たときとの反応とずいぶん違ってなんだかむしゃくしゃするぜ。

「前にこちらで働かれていた千代さんをご存知ですか」

「ええと、はい。けれどもその頃の私は千代さんがお休みの時に働いておりましたから、良くは存じません。店主を呼んで参りましょうか」

 しばらくして出てきた五十絡みの店主に尋ねると、千代の人となりは先程赤矢から聞いたものとほとんど同じだった。

 千代が去年の秋に実家に戻って以降、この茶屋にもうんともすんとも連絡がないそうだ。とはいえ店主も忙しい。女給というのはちょくちょく変わる。だから気にはなってはいたものの、わざわざ千代の実家を尋ねに伺ったりはしていない。


「ところで赤矢さんはよく見えられていたんですか」

「ああ、赤矢さんなぁ。千代とねんごろのようだったなぁ。3日に1度はわざわざここまで登ってきてな、そうだな今頃の時分だよ。この茶屋は暮れまでだから、ようこの席で千夜の仕事終わりを待っとりましたなぁ」

 店主の顔も赤矢の顔と同じように紅に染まる。

 店主はふう、となんとも言えない息をつく。

「それじゃあ店じまいがあるんで」

 一つ頭を下げて店内に戻る背中も夕陽を浴びて赤く、何やら思い出を滲ませていた。振り返ると赤矢は未だに見るともなく海の方を眺めている。

「赤矢さん、それではまた改めて。日時につきましてはお知らせ致しますが、今と同じ時刻にお会いしましょう。次は逆上村の入り口で」

「わかりました。何卒、何卒千代をお願いいたします」

 鷹一郎はじっと赤矢を見つめて口を開く。

「念のため申し上げますが、全てがあなたの思うようになるとは限りません。あなたの一番の願いは千代さんの居所の確認、二番目は千代さんの無事ということでよろしゅうございますね? そのほかのことはそれより優先順位が低いということで」

「もちろんです。何卒お頼み申し上げます」

 鷹一郎の問いに赤矢は一瞬狼狽えたようだった。いったい他に何があるのだ、赤矢の目はそう物語っている。

 そうして赤矢の背中が闇に溶け切る頃にはすっかり幽けき日は落ちて、あたりは夕闇に浸されていた。

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