いたずらな風と新しい目覚め 1
広道は今にも閉じそうな寝不足の目で実道を睨みつける。そして実道は広道の様子を観察する。つまり、交渉の可能性を探った。
「そこが問題だ。前提として、1つ取り除かねばならぬ不確定な事象がある。それは広道、お前だ。お前は何故動いている」
「何?」
「お前は私の記録からこの事象のその機序を既にある程度理解したのだろう? 重症者を眠りにつかせ、代わりに病を治す。その体の働きを増強し、回復を早める」
広道は頷いた。
広道が確認したところでは、本来よりよほど早く皮膚が繋がり、体内に血管が造成され、正しく身体が運行している。この回復の現象が生じたのは広道の患者からだ。広道の患者は極めて重体な者ばかりで、当然のように昏睡し、そして急激に回復している。
そして実道は広道を指差す。
次の実道の言葉に広道は困惑した。
「お前の顔色を見れば、お前は倒れてしかるべきだ。なのに何故倒れない。そして内科の人間で一番最初に眠りについたのは重症な人間ではない。寝たきりの人間が眠りについたのは、おそらく最後だ」
それは広道も実通の記録から認識していた。
一割の例外だ。けれども広道にもその原因はわからなかった。
「私はね、あたりをつけた。昏睡をした人間の行動を調べたのだ」
「行動?」
「そうだ。最後に行き着いたのは、その患者がどのような者かだ。内科で一番先に倒れたのは、最も直近、お前を見て気絶した患者だ。広道」
その言葉に伊予は目を丸くした。
「そういえば……。確かにそうです」
「おい」
「広道兄さんを見て気絶した人たちが一番最初に倒れています!」
「そういうことだ。広道、何故だかお前は昏倒から除外されている。そして昏倒と治療はお前が関与した者を中心として広がっている。お前はどうやって患者を選定している。いや、どうやって操っている」
その実通の予想外の言葉に、広道も僅かに目を開いた。
「操っている、だと? 俺が」
「昏倒させ、回復させる患者を選んでいるのはお前だ、広道」
広道は困惑した。けれどもその内容を吟味し、客観的には広道が行ったと思われてもしかたがないのかもしれないという結論にたどり着く。けれど広道にはそのような認識は全くない。
「俺にわかるわけがないだろう」
その時、広道の耳に声が聞こえた。鈴のなるような声だ。
『君たちは実に優秀だねぇ、おっと、お静かに』
思わず声を発そうとした広道は思いとどまり、口の中で、誰だ、と小さく呟く。
『君たちは先週うちから草木をもってったろう? そこの神だ』
「祟りか」
『違う違う。持ってってもらう分にはかまわないが、少し手違いがあってね、それをもとに戻そうと思うのだが、念のためその結論でよいか確認をしに来た。ここに植えたのは君たちのようだからな』
「何故俺に聞く。……凛が昏睡してるからか」
『まぁ、そうともいうね。さて、どうする』
その神と名乗る涼やかな声は、医学的常識に基づけば否定すべきなのだろう。事実、広道はこの現象は高い確率で疲労による幻聴であると結論付けている。そしてその名乗りから、その根本原因が常城神社の野草の採取であることを連想する。そこからその薬草に幻覚作用があり、不慣れな下働きが凛の作る料理に混入した可能性をはじめ、様々な合理的な可能性を脳裏で計算する。けれどもそれ以外の非合理の可能性も、排除しないのが広道だ。




