呪いの風と薬草園 2
クピトには見えていた。目の前の薬草園の惨状が。
そこは凛が育てていた密林のような区画。そこに生える様々に特殊で、そして強い力を持った草木が一つに絡み合い、神威が高らかに吹き上がり、新たな神とも言える存在を生み出そうとしていたのだ。
確かにそれはもともとクピトの矢の生み出した効果である。けれどもクピトには既にどうしようもなかった。クピトには愛しわせることはできても、その反対、例えば別れさせることはできないからだ。結局その1週間、クピトはなんとか木々の成長を止めようとし、ぷちぷちと抜いたりもしていたが、後から後から生い茂る勢いにとても追いつかず、無理だった。
だからとうとう1週間目にしてクピトは常城神社に逃げ帰り、少彦名に解決を願い出ることにしたのだ。
それと入れ替えに広道と伊予は薬草園に足を踏み入れた。そうして二人は呆然と見上げた。
「何がどうなっているんだ」
一週間前は確かに密林のように草木が生い茂っていたが、今ではそれが寄り集まり、直径が2メートルはあろうかという巨大な木と化していた。そして満開に花が咲き誇っていた。その例えようが難しくあふれかえる香りは最早、広道には異常のものとしか思えなかった。
「兄さん、これが今回の原因だというの?」
「おそらく。凛はここで異常を感じ、その直後に昏倒した」
「そうすればあの木を切り倒せばみんなは目を覚ますの?」
「待て、広道。それは許さん」
振り向けば実道が立っていた。そして広道は実道をにらみつける。
「実道兄さん! 起きたの!?」
「伊予、心配する必要はない。どうせ実道は自分で試しただけだ」
この兄弟は奇妙に仲が良い。だから互いの考えそうなことくらいわかるのだ。そして互いに相手をそれなりに尊敬し、尊重しているものだから、普段は言い争いになることもない。しかし広道にとって、今回はその普段から外れ、心底忌々し気な声がもれた。
「ああそうだね。実験のために軽い下剤を飲んだだけだ。伊予、心配はいらないよ」
実道はいつもどおり優し気な表情を浮かべ、二人を眺める。
「下剤……?」
伊予は兄の無事に安心し、そして唐突に出た下剤という言葉に混乱する。
「伊予、医局には薬など大量にある。実道が飲むのなど容易だろう」
「兄さん、それにしたって、どうしてそんな」
「実道。これは医療ではない。呪術の類だ」
広道は強い口調で声を放つ。
伊予にとって、呪術という言葉は外科医である広道が口にするのに相応しくない言葉に思われた。けれども広道は真に患者の回復のみを希求する。これまでも従来の医学で足りなければ怪しげな民間療法も検討し、時折大学病院から無理やり休みをとらされていることも知っている。だからその解決の方法を医学的常識で安易に切り捨てるようなことはない。
けれど呪術などと、と伊予が驚いていると、実道は当然のように口を開く。
「医療の歴史はもとより呪術に端を発するんだよ、広道。委員の患者はいずれ、完全に回復し、起き上がるだろう」
実道は悠然とほほ笑み、広道は明確に睨みつける。
「ここは医院だ。物質の何が治療という機序をもたらすのか、検証がなされていない。副作用があればどうする。我々が医者を名乗る以上、検証する義務がある」
その答えを実道は鼻で笑う。
「病は治ればよい。その効果が病を治すのならば、眠り続けるという病すら最後には治すはずだ。私が起きたのが何よりの証拠だよ。この木をどうこうしようというのは愚の骨頂だ。医学の発展が大きく進む」
「馬鹿な」
「そもそもだな。例えばお前が用いる麻酔さえ、何故体が痺れるのかの理由などわからないはずだ。なのに使っている、それは『効果があるから』だ」
広道は大きくかぶりをふる。
「麻酔は多くの症例でその効果と危険性が検証されている。だがこの事象、『効果』の保証はどこにある。確かに現在、患者は回復している。そしてお前は目が冷めた。けれどその原因がこの木にまつわるものかはわからない。そもそもお前以外の人間は未だ目覚めていない。どんな副作用があるかもわからん」
実道は目を細め、口角をわずかに上げ、途端に実通の顔から仁医の仮面がするりと剥がれて昏い喜悦が僅かに浮かぶ。
「広道。医学とは、人を治すものだ。あまたの人体実験によって切り開かれてきた。治ればそれでよい。これは圧倒的な回復効果をほこりうる。しかも病の種別は問わない。解明すれば、いわゆる万能の薬というものができあがるのかもしれん」
「実道、お前のやろうとしていることは、この医院の患者を利用した一か八かの人体実験だ。現在一時的に回復の効果を得ているだけかもしれぬ。だが今後は? どのような副作用があるかも皆目検討もつかないだろう。そんなことに凛や俺の患者を巻き込めるか」




