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ゴッドアフロの正体

「あのー、すみません。ゴッドアフロさんですよね?」


 発声練習をした意味なんてまるでなかった。おずおずと発せられた声は、自分が意図したよりも遥かにか細く緊張をはらんでいた。


 緩慢な動きで振り返り、「あ……」と彼女が反応を示す。髪が揺れた拍子に、ほのかに甘い香りがした。長い睫毛で縁取られた琥珀色の瞳が虚ろに開かれ、僕を視界に入れる。その表情は淡々としていて、触れたら壊れてしまいそうな儚さがあった。

 あまりに整った顔立ちに、思わず身体が退しりぞきそうになる。彼女はことりと小首を傾げた。色素の薄い表情のなかで際立つ柔和な赤みを帯びた唇が、訥々と言葉を紡いだ。


「……ごっど、なんですか?」


「ゴッドアフロ、です。ゴッドアフロさんですよね。オフ会参加者の」


 さっきの声は小さすぎて聞こえなかったのだろう。今度は周りの人にもはっきりと聞こえるほどの声量で名前を告げた。


 迷いのない僕の言葉はしっかりと伝わったように思えた。

 しかし、彼女から肯定の返事は来なかった。眉間に皺を寄せて、彼女は僕から一歩後ずさる。


「……いえ、違いますけど」


「えっ、嘘」


 耳朶じだを打ったのは、想定外の台詞だった。全身の筋肉が一瞬で硬直し、吊り上がった口角が降りてこない。頭からぼとりと思考能力が抜け落ち、脳内が真っ白になる。


 いやいや、まさか。そんなことがあるはずない。だって、待ち合わせ場所も時間も服装もすべて一致しているのだ。間違うはずなんてない。足の裏から込み上げる寒気が、肌の表面をゾワゾワとなぞる。なのに、汗が次々に噴き出していた。

 急いでゴッドアフロさんとのDMを思い出す。服装はついさっき確認したから間違っていないはずだ。だとしたらなんでだろう。どこかに謎を解くヒントがないかと、今日のやり取りを一から振り返っていく。

 すると一つの答えにたどり着いた。途端に強張っていた身体から力が抜け、安堵のため息が喉奥から大きく吐き出される。


 なるほどね。さては、僕をからかっているんだな。

 僕とリスナーの関係性を考えれば、この場面で僕を騙していてもなんら不思議でない。オフ会前にゴッドアフロさんがDMで僕をからかっていたように、これはコメントで行われているいつものノリだ。

 そうとわかれば話は早い。こちらも相手の茶番に合わせてあげようとにこやかに声を張り上げた。


「やだなー。冗談やめてよ」


「いや、本当に違いますよ?」


「嘘だー。だって青のスカートだって言ってたし、絶対にゴッドアフロさ――」


「お兄ちゃん……?」


 喉が強引に締まり、ひゅっとほんの微かな悲鳴がこぼれた。嬉々とした僕の声が中途半端なところで途絶える。

 視界の外から割り込んできた声が、あまりにも馴染み深いものだったのだ。頭のなかの警報機が、壊れたみたいに大きなサイレンを轟かせている。声の方を向いては駄目だ。そう僕に主張している。

 しかし、抗うことはできなかった。引き寄せられるように、視線が真横に向けられていく。傍らに立つその人と目が合った瞬間、今朝の玄関で見た光景が脳裏をよぎった。


 くるぶしをちらりと見せる青のロングスカートに、清らかな白い服。輪郭に沿って整えられたショートカットは、今朝とは異なり頭頂部から耳元にかけて編み込まれている。髪型に少しの変化はあれど、その全体像は数時間前に見た彼女と一致していた。


 しかし、そこにはもう、玄関で僕に見せたあの華やかな笑顔は微塵も残っていなかった。絶望に打ちひしがれたような青白い表情で、僕を見つめている。苦しげに震えるその唇から、いまにも泣きそうな声が吐き出された。


「お兄ちゃん? いま、ゴッドアフロって言った……?」



 そこにいたのは、紛れもなく僕の妹、彩風あさがおだった。


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