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秘密が筒抜けなのは誰のせい?

「ねえ、ねえってば。あさがおさーん、帰ってきてー」


 名前を呼ばれ、はっと意識が戻ってくる。向かい合わせにした前方の机からゆうの長い腕が伸びていた。細くて綺麗な指が、私の顔の前で左右に揺れている。短く切り揃えられた中性的な黒髪から、つり目がちな大きな双眸がのぞいている。

 モデルみたいな長身の彼女は、座っていてもその目線は私よりずいぶんと高い位置にあった。身体測定のとき、もうすぐ百七十に届いちゃうと彼女は怯えていたが、百五十程度の私からしたら羨ましいものでしかない。

 くわえていた牛乳のストローから口を離し、周囲を見渡す。みんな雑談に勤しんでいるのか、給食中の教室はとても賑やかだった。


「ねえ、いまの話聞いてた?」


「ごめん。ぼーっとしてた」


 悠はがっくりと肩を落とし、呆れたようにため息を吐いた。こらこら、食事中のため息はダメだよ? と頭のなかで冗談を言ってみる。


「大丈夫? また死にそうな顔してたけどなんかあった?」


「大丈夫大丈夫。なんでもないよ」


 身内が倒れた話なんてしても面白くないだろう。ごくごく自然な声色になるように心がけて答える。

 しかし、ふと耳に引っかかるものを感じた。


「――また?」


 なんのことかわからず、思わず箸が止まった。訝しげに小首を傾げた私に、なぜか悠の箸もピタリと固まる。驚いたように目を見開いたその顔には、「ウソでしょ……」とでかでかと書かれていた。


「そうだよ。だってあさがお、ゴールデンウィーク明けてからしばらくの間ずっと死にそうな顔してたじゃん。もしかして自覚なかった?」


 ゴールデンウィーク明け。その言葉から確実にオフ会後だということがわかる。まったく自覚していなかったが、あのときの心情を考えたらそうなっていてもおかしくないと思った。ごはんを飲み込み、悠は探るようにこめかみに手を添えた。


「あさがおあのとき言ってたじゃん。えーっと、なんだっけ。デュークくん、だっけ?」


「ディーテ」


 唇を尖らせて食い気味に指摘すると、悠は「怖い怖い。そんな殺し屋みたいな目で見ないでー」と、わざとらしく怯えるように身を縮めた。その発色のよい唇が、愉快げに曲線を描く。


「『ディーテくんにやっと会えるの!』。そう言ってずっと前からウキウキしてたのにさ、いざ休みが明けたらわかりやすく絶望に満ちた顔になってて。あれだけ毎日『ディーテくんがさ!』『ディーテくんがさ!』って聞いてもないのに報告してた人が、急にバタリとなにも言わなくなったから心配してたんだよ」


「聞いてもないゆうな」


「ごめんごめん。ついポロッと」


 詫びる様子もなく、悠はテヘッと舌を出す。

 隠していたはずなのに、彼女には全部筒抜けだったみたいだ。いままさに私に向けられているその黒い観察眼が、急に恐ろしくなる。そんなに私の表情はわかりやすいのだろうか。とりわけ感情表現が豊かというわけでもないのに、どこでバレたのだろう。

 ごはんで膨らんだ頬を、探るようにペタペタと触ってみる。しかし、特に変わったところはないように思えた。


「で、やーっと元気になってきたなと思って安心してたのに、また死にそうな顔してたからさ」


 まん丸とした綺麗な黒目が心配そうに見つめてくるから、ううん、と首を横に振った。


「ほんとに大丈夫。たいしたことないよ」


「ほんと? 嫌なことがあったら言ってね。もしあさがおを泣かせるようなヤツがいたら、私が代わりに――」


「怖い怖い。なんでそんな物騒な話になるの。殺し屋は悠のほうじゃん」


 そう笑いかけると、芝居がかったように鋭く細められた悠の瞳も笑顔の形になった。

 あさがおは笑ってるときがいちばんかわいいよ。そう悠は言ってくれたが、それは彼女も同じだと私はいつも思う。


 むやみに心配させ続けるのも悪いなと、少しだけ本当のことを伝えた。


「まあ正直に言うと、家族といろいろあったの。深刻な話じゃないから心配しないで」


「あー、お兄ちゃんとなんかあったのね」


「お兄ちゃんなんて言ってないけど」


「でも、あさがおが言う家族の話ってたいていお兄ちゃんの話じゃん。私、あさがおのお兄ちゃん見たことないけど、どんな人なのか大抵のことは知ってるよ。あさがおがよく話してくれるから情報だけはどんどん増えていくんだよね」


「そんなに話してないでしょ」


「え、それも自覚なし?」


 再び開かれたその瞳に、思わず喉が鳴った。咳払いをして気を取り直すと、動揺を振り払うように強引に話を続けた。


「そのお兄ちゃんがアホすぎて困ってたの。だからちょっとぼーっとしてた。ね? たいしたことじゃなかったでしょ?」


 話に夢中になりすぎて、給食のロールキャベツにはまだ手を付けていなかった。どこかのタイミングで破けてしまったのか、キャベツからひき肉が少しはみ出ている。

 それを口に運ぶと、うっとりとした目で見つめる悠と視線が重なった。机に肘を突き、小さな顔の輪郭に沿うように手で両頬を支えている。なんとも可愛らしいポーズで悠はニヤけていた。


「へぇー、そうなんだー」


「なにその目は」


「ん? やっぱりあさがお、かわいーなーって」


 悠にはいったいなにが見えているのだろうか。いままさに例の観察眼を働かせて私の表情を読んでるのかもしれない。その視線に思わず、頬に手が伸びる。

 しかし、ペタペタ触ったところでやはり変わったところはないようだった。


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