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20:00 引き返せない道も、みんなと一緒なら

「やあ、みなさん。どうもどうも」


 配信が始まると来場者の数が一気に増え、栓が抜かれたような勢いでコメントがあふれ出した。


【よお、一人で配信するの久しぶりだな】


「最近コラボが多かったもんね」


【おまえ、こんな企画するとか正気か?】


「わからん。正気じゃないかもしれない」


【めっちゃ楽しみにしてました!】


「ありがとー! 僕も楽しみにしてた」


【おまえがこのゲームをまたやるとは思わなかった】


「それは自分でもそう思う」


【ちゃんと寝たか?】


「いや、全然寝てない。でもいけるでしょ」


【ご愁傷様です】


「悪いね。あっという間に終わっちゃうだろうから」


【俺も終わるまで寝ないぞ!】


「心強いな。深夜とかコメント減るだろうから、そのときは盛り上げてくれ」


 目まぐるしい水流のなかから宝石をすくい上げるように、コメントを読み上げていく。こうして向き合うのは、ずいぶんと久しぶりのことのように思う。

 それでも、滞りなくコメントを拾えてる自分に、リスナーと二人三脚で歩んできた日々の長さを改めて感じた。


 リスナーが集まるまでコメントと雑談をしていると、数人のリスナーが声の変化に気がついた。


【あれ? 音質めちゃくちゃ良くなってね】

【マイク変えた? 声がかなりクリアになってる】


 純粋な称賛に、胸の奥がカッと熱くなる。照れに似た暖かな感情にこしょこしょとくすぐられ、思わず声を張り上げた。


「えっ、わかる? そうなんだよ、よく気づいたね。実は、ついにマイク変えたんだ。千円台のものから一気に高級なものにバージョンアップしたから、音がかなりよくなってるでしょ」


 高らかに発した自分の声が、ヘッドホン越しでも聞こえてくる。あさがおのプレゼントを褒められたことが、自分のことのように嬉しくて誇らしかった。

 あさがおもこのコメントを見てくれているのだろうか。画面の前で「私のおかげだけどね」と、鼻高々に喜んでいるような気がする。

 そんなことを考えながらマイクの機種をリスナーに説明していると、示し合わせたかのように彼女のコメントが現れた。


【ゴッドアフロ:えっ! それってすごくいいマイクじゃないですか。ディーテくんセンスありますね!】


 他人を装った自画自賛に、思わずハハッと笑い声を上げてしまった。こんな不自然なタイミングで吹き出してしまったら、リスナーに不思議がられてしまうじゃないか。まんまとやられたと、とっさに口元を手で抑える。

 これは僕らだけの秘密だ。「自分で言うのかよ!」というツッコミは頭のなかに留めておいた。


「よしっ、そろそろ始めますか」


 来場者の伸びが落ち着いてきたのを見て、ゲームを起動する。読み込み中のしんとした時間は、トンネルのなかに似ていた。

 読み込みが終わると、闇を抜けたようにモニター上に鮮やかな映像がパッと広がった。壮大なBGMが流れ、画面の中央に銃を持った軽装の人間が現れる。

 数カ月ぶりに目にするこの光景に、こんなんだったなと過去に置き去りにした記憶が蘇ってきた。もう二度と起動することはないと思っていたのに、こうして再び相まみえる日が来ることになるとは。


 今日やるこのゲームは、百人のなかで最後の一人を目指すという至ってシンプルなバトルロワイヤルのゲームだった。展開にメリハリがあって盛り上がりやすく、落ち着いたときにはコメントを拾いやすいということもあり、一時期配信者界隈で大流行していた。サイトで行われている生配信がほとんどこのゲームで埋め尽くされていた、なんてことも昔はあったくらいだ。

 しかし委員長の言っていたとおり、僕はこの超人気ゲームに二回しか触れたことがなかった。配信者という立場でありながらそのビッグウェーブは遠くの砂浜から呆然と眺めているだけで、自ら乗るようなことはしなかった。


 理由はとても単純。センスが微塵もなく、どうしようもないほどに下手くそだったからだ。

 たった二回の配信で、僕の心は粉々に砕けた。コメントの活字の奥から聞こえてきた嘲笑の数々は、記憶の引き出しをのぞけばすぐにでも思い出すことができる。

 とはいっても、やめたのはリスナーに馬鹿にされたからというわけではない。それに関してはいつものことだから慣れている。結局は自分が醜態を晒している事実を客観的に理解してしまったことが、いちばんの決定打だった。

 そして操作もままならないうちに、二度とこのゲームはやらないと封印していたのだった。情けない死を繰り返すたびに歯を突き刺されていた下唇が、当時の痛みを思い出してうずいている。


 つまり、これは僕が逃げたゲームなのだ。同じ配信者として委員長が心配するのは無理ない。


 いまでもときどき、このゲームについてのコメントが来ることがある。


【ディーテ、あのゲームやらないけど逃げただろ】

【また見たいからやってくれよ】


 配信でそれ関係のコメントを見つけるやいなや、見た記憶そのものをなくしたように目を逸してごまかし続けてきた。ただ、やはり無視するたびに胸が痛めつけられていたのも事実だった。逃げたことに対する心残りの棘が、いまだ身体の奥に刺さっている。


 だから今回、コラボにうつつを抜かしていた自分へのみそぎとしてこの企画はうってつけだと思い、いまに至る。


 久々に見るホーム画面。埃を被った記憶を掘り起こしながら設定を整え、ようやくゲーム開始にたどり着いた。


「一回で決めるわ」


 自分を鼓舞しながら、そして微かにビギナーズラックに期待しながら初戦に挑んだ。


 しかし、そう簡単にいかないのが世の常。ものの見事にあっけなくゲームオーバーになると、またホーム画面に帰ってきた。

 熱い鼓舞も、こうなってしまえばただの前フリになってしまう。苦々しく吊り上がった口角がぴくつき、上がったまま降りてこない。


 これは、想像以上にまずいかもしれない。


 たった数ミリしか進んでいない始めの一歩に、先の見えない不安が押し寄せる。予想以上の有り様にはリスナーもさすがに呆れ果て、何人かブラウザバックしてしまったかもしれない。

 もしかしたら、数時間後にはコメントが止まっている可能性もある。流れのない淀んだ空気のなかで一人企画を進めている自分の姿を想像すると、ゾッと寒気が走った。

 助けを求めるように後ろを振り向くも、そこにはもう引き返す道は残っていなかった。


 恐る恐るコメント欄を視界に入れる。しかし、流れてきていた反応は意外にも上々だった。バトロワ系の配信は飽和状態で現状上手い配信者しか残っていないらしい。そのため僕のように突拍子もない行動をする初心者は逆に新鮮だったようだ。

 コラボのマイクリといい、僕はタイミングに恵まれている。そんな偶然に感謝しながら、次の試合へと向かっていった。


 実質経験値ゼロの状態から始まったこのゲーム。だが、敗北を繰り返すたびにリスナーからアドバイスをもらい、前回よりも今回、今回よりも次回と、できることを地道に増やしていった。


 数時間経過したところでようやく一人(おそらく僕と同レベルの初心者)をキルすることができた。たったワンキルなのにも関わらず、コメントはまるで優勝したかのような盛り上がりを見せる。久しぶりの企画にリスナーも楽しんでくれているのだ。彼らの珍しい称賛に照れくさくなってしまい、こぼれた笑い声はぎこちないものになった。


 気合いを入れ直すように大きく背中を反ると、ずっと同じ体勢で固まっていた筋肉がミシミシと音を立てた。頬を二回叩き、重くなっていた瞼を持ち上げる。ぱちんと引き締まった音が、静寂を切り裂くように部屋に響いた。


 日常が動きを止めた、暗くて冷たい深夜帯。夜闇に飲み込まれた世界のなかで、この空間だけがぼんやりと穏やかな光を放っている。こんな状況だからこそ見つけることができたこの小さな灯りは、控えめながらとても安らかなものだった。


【寝るなよ!】

【ずっと起きてるからな】


 ずっとこんな時間が続いたらいいのに。

 そんなささやかな願いを、胸のうちでぽつりとつぶやいた。


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