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ディーテから、リスナーへ

「ねえ、あさがお。もし週末に企画配信するって言ったら来てくれる? もちろんコラボじゃなくて個人で」


 一気に言い切ると視界を覆っていた靄が吹き飛ばされて、世界が少しだけ明度を上げた。

 あさがおの垂れていた頭が、はっと持ち上がる。その大きく見開かれた双眸からは、驚きの感情がこぼれ落ちていた。


「え、でも、週末ってあてなちゃんとコラボするんじゃなかったっけ」


「それは織部あてなのほうに連絡して延期してもらう。いまはとにかく自分のリスナーを優先して、みんなと一緒に配信がしたい。あさがおの話を聞いてたらそう思った」


「そんな延期にしてまで私のワガママなんて聞かなくてもいいのに」


「違うよ。あさがおのワガママを聞いたんじゃなくて、俺自身がそうしたいと思ったんだよ。あさがおの言うとおり確かにコラボは楽しかった。得られたものもたくさんあったし、織部あてなやふくろうさんたちにも感謝してる。だけどもっと大事なものを蔑ろにしてたって、あさがおに言われて気づいた」


 僕一人で楽しんでいても意味がない。リスナーと一緒に楽しんでこそがディーテの配信だった。


「だからさ、次の配信はいままで以上に気合いをいれてやろうと思う。あさがおはもう俺のこと呆れてるかもしれないけど、どうです?」


 自分の耳に届いた自身の声は、もはや懇願に近かった。妹相手にたどたどしくなっている僕を、冷静なもう一人の自分が俯瞰して見ている。そのことに気づき、顔が熱くなっていくのを感じた。

 しかし、笑ってごまかしたり、目を逸らすようなことはしなかった。


「……ほんとにするの?」


「ほんとだよ。一日だけやるのもあれだから、これまでのみそぎの意を込めて耐久配信でもしようかな」


 そう笑いかけると、あさがおはつられたようにふわりと自然な笑みを浮かべた。

 がんじがらめになっていたこの空間が、ほろほろとほころんでいく気配がする。肺に取り込んだ空気が清々しい。

 あさがおは膝を抱えると、起き上がりこぼしみたいに身体を前後に揺らしながら天を仰いだ。


「どーしよっかなー」


 天井に向かって愉悦混じりに発せられた言葉が、ぽかぽかと広がっていく。雪が溶けて春になっていくような声色の暖かさに当てられて、勝手に僕の頬が緩んだ。

 あさがおはそんなことを言っているが、その表情で答えはもうとっくに伝わっていた。

 いまこの状況を彼女は楽しんでいる。そして、それは僕も同じだった。


「そっかー。コラボにうつつを抜かしていた配信者にはもう興味ないか。せっかくこんなにいいマイクをもらったから、そこで思う存分使いたかったんだけどなー。……やっぱり許せない?」


 わざとらしく肩をすくめ、あさがおをのぞき込む。視線が重なると、彼女はくしゃりと相好を崩した。その筋のとおった鼻が、ふんと得意げな音を鳴らす。


「しかたないなー。そこまで言うなら見てあげるよ」


「ありがと」


 改めて最高のリスナーだと思った。ここまで来るのにだいぶ時間がかかった気がする。リフレッシュは十分にできたと、マイクの箱を大事に抱きかかえて立ち上がる。


「すぐに配信したいところだけど夏休みもいっぱい配信したいからさ、悪いけど今週だけはテスト勉強に集中させて。その代わり宣言どおり週末は気合い入れてやるから」


「うん。楽しみにしとくね」


 その台詞はいつぞやに聞いたものとまったく同じものだったが、以前とは明らかに違う響きをしていた。

 ふふっとあさがおが僕を見上げる。その表情にはもう一点の曇りはなく、憑き物が落ちたみたいに晴れ晴れとしていた。そのあまりの素直さに照れそうになり、急いで目を逸らす。鼻の下が伸びそうになるのをグッと堪えて、それをごまかすように僕は声を張り上げた。


「おう! 期待してて」


 にこりと笑いかける。お腹の奥につっかえていた違和感は、いつの間にか溶けてなくなっていた。


これにて第7章終わり。

お察しの方もいるかもしれませんがなんとこの小説、徐々に終わりへと近づいています。

ここまで読んでくれてる人っているんですかね? もしいてくれたら、あと数十話、あと数十話だけですので最後まで読んでいただけたら嬉しいです…!

彩風兄妹の行く末がどんなものなのか、見守っていてください。


次回「第8章 アフロ と ディーテ」は、明日いつもの時間に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あさがおナイス! [気になる点] 最初あさがおが言うのを溜めた時、一緒に配信したいって言い出すかと思ったけど違ったね。あさがおはゴットアフロとしてリスナーに徹するのかな?兄妹配信も楽しめる…
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