順調な日々
織部あてなとの初めてのコラボから、あっという間に二週間が過ぎ去った。最初は緊張でたどたどしかったコラボも、回を重ねるごとに平常心でマイクに向かえるようになってきている。
不安の影が消えたコラボは、純粋に楽しいという感情しかなかった。その高揚は配信の域を超えて、普段の日常でさえも鮮やかに彩っている。
六月も後半に差しかかり、季節柄ここのところ雨の日が続いていた。ガラス窓の外は今日も、具合いが悪そうだ。家に着くまで降らないでくれと、ずっしりと立ち込める雨雲をじっと見つめる。
「彩風くん、委員会のことで話があるんだけど」
今週最後の授業が終わった放課後。達成感が漂う教室で友人と帰りの支度をしながら雑談をしていると、委員長が話しかけてきた。
細いフレームの奥の双眸が、僕の隣りにいる友人に向かって申し訳なさそうに細められる。ごめん、ちょっとだけ。そう手を合わせると、察した友人は「先帰ってるわ」と軽く手を上げて教室をあとにした。
心当たりのない「委員会」のひとことに自ずと身体が身構える。一人取り残され立ち尽くす僕に、委員長はゆるりと口端を持ち上げた。
「明日のコラボはなにしよっか」
「いや、委員会の話じゃないんかい」
「うわっ、さすが。キレキレだね」
おどけ調子で瞼をパチリとする委員長に唇を尖らせるも、ふふっと微笑み混じりの吐息に流された。
「拠点づくりも結構進んだし、外に出て探索とかしてみる?」
「探索ねぇ」
あさがおのせいで移動方法を取得しただけで終わったマイクリは、いまでは指導なしで自由に遊べるまでに成長していた。
前回のコラボでの僕は、ひたすらに拠点拡大のための素材を集めていた。壊れた機械のように一心不乱に斧を振り回す僕の姿を見て、「うわ……」と織部あてなに引かれるほどあのゲームにのめり込んでいる。
「そういえば最初のコラボのときに海底神殿があるって言ってたよね。そこに行ってみたいかも」
「覚えてたんだ。いいね、海底神殿。それじゃあ明日はそこに向かうための準備を整えよう。それで、次次回に突入ってことで」
「了解」
コラボの計画はいつもこんなふうにあっさりと決まる。目標が見えてくると途端にやる気が湧き上がってくる。
気軽に打ち合わせができる関係だからこそ、僕らのコラボの頻度は多くなっていた。コラボについて右も左もわからない僕にとって、委員長が近くにいる安心感は心強かった。今日に至るまで、何度相談したか数え切れない。
「それじゃ、またなにかあったら連絡するよ」
そう別れを告げて、机の上に置いていた紫のショルダーバッグを軽々と肩に掛けた。早く明日にならないだろうか。朗らかな気分で教室の出口に向かおうとすると、委員長の言葉が僕を引き止めた。
「ねえ、彩風くん」
さっきまでの柔らかさを一切感じない、神妙な声音に肩がピクリと動いた。両手が怯えるようにバッグのベルトにしがみつく。
おずおずと半身を委員長に向けると、その色素の薄い茶色の瞳が僕を捉えていた。すごみを感じる眼力はまるでギリシャ神話の怪物のようで、視線が重なった僕の足を石化させる。
「な、なに?」
肩の上で大人しくしているおさげの頭を優しく撫でると、委員長はその視線をゆっくり下げた。紺色のブレザーからのぞく白い人差し指が、訝しげに僕の腰元へと向けられる。
「そのバッグ、なにが入ってるの?」
「え、バッグ? えーっと、このなかはー、弁当と筆記用具とクリアファイルが入ってるくらいだけど……」
なんで急にバッグの中身なんて、と想定外の質問にどぎまぎしてしまう。ほらっ、と証拠を示すようにバッグを叩くと、ぼふっと間抜けな音を吐き出しながらぺしゃんこに潰れた。
なんか怒られているような気分だった。沈黙にごくりと喉が鳴る。意味もなくバッグの表面をザラザラと撫でていると、委員長は意味ありげに首を傾けた。
「彩風くん。もうすぐ期末テストがあるけど大丈夫なの? 勉強してる?」
「あっ……」




