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コラボの魔力

 数日分の体力を犠牲にして、なんとか無事にコラボは終了した。

 お兄ちゃん、私がいてよかったでしょ。そうほくそ笑むあさがおを張り手で追い出して一人になると、その勢いのままベッドに倒れ込んだ。

 初めてのコラボ配信。もっと達成感を感じるのかと思っていたが、体内をいくら探しても見つかるのは疲労感だけだった。大仰おおぎょうなため息に身体中のネジが緩み、強張っていた筋肉がだらしなく垂れる。曖昧になった輪郭は、液体のようにベッドに染み込んでいった。


 まどろみに引き込まれていく意識を、スマホの着信音が遮った。落ちてくる瞼をこすり、欠伸を噛み殺す。気だるげに上体を起こして画面に視線を落とすと、西宮紗宵と表示されていた。委員長からだ。通話口に耳を近づけると、溌剌とした声が僕の頭を撃ち抜いた。


「おつかれ! コラボ大盛況だったね」


「ほ、ほんとに?」


「ほんとほんと。コメントもすごく盛り上がってたし、いまどきあのゲームに対してあんなに新鮮なリアクションする人ってなかなかいないから、私も一緒にやってて楽しかったよ」


 委員長は明らかに興奮していた。その台詞がお世辞じゃないことを、言葉以上にその嬉々とした声色が物語っている。ほっと安堵すると、肺の奥から空気の塊があふれ出した。


「よかったぁ……」


 正直不安だった。コメントをまったく見れていなかったというのもあり、コラボが成功したのかどうかわからなかった。あのハプニング続きの自分が、誰かを不快にしていないか心配だった。だからこそ委員長の喜んでいる様子がとても嬉しい。


「ほんとありがとね委員長。うまくいったのは委員長のおかげだよ」


 発案と企画だけじゃなく、ときに委員長は弱気になった僕を励ましてくれた。こうしてコラボをやり遂げることができたのは委員長のおかげだと言える。感謝を噛みしめるように、通話口に言葉を乗せる。


「そんなことないよ。今回は彩風くんが盛り上げてくれたからみんな楽しんでくれたんだよ」


「そんな、大げさだよ」


「大げさじゃないよ。彩風くん初めてのはずなのにかなりセンスあったよね。私が教えたことはすぐできるようになるし、なんなら応用までしちゃって。それに建築だって、初心者の人が作ったとは思えないような出来栄えでびっくりしちゃった。まあ、なによりすごかったのはリアクションだけどね。私もつい笑っちゃった」


 思い出し笑いをする委員長に、僕はハッと息を呑んだ。そういえば委員長は知らないのだ。こちら側でなにが起きていたのかを。

 褒められるのはまんざらでもないし、このまま黙っていれば僕はいい印象のまま終えることができる。しかし委員長には本当のことを話しておくべきだと思った。

 やましさを愛想笑いで包み込み、「そのことなんですけどー」と切り出した。


 裏で起きていたことを順を追って告白するたびに、委員長はときおり吹き出しながら楽しそうにウンウンとうなずいた。

 なんだかこの説明は、ただ兄妹の関係性をさらけ出しているだけのように思えてきた。そう我に返った途端、顔の表面にグワッと熱が走った。恥ずかしさでか細くなっていく僕の声に反比例するように、彼女の笑い声は大きなものになっていった。

 全部説明し終わると、委員長は笑い疲れて息を切らしていた。行儀よく正座になっていた太ももの上で、空いている手がキュッと丸くなる。


「ほら! やっぱり私の言ったとおりだったでしょ?」


「な、なんのこと?」


「兄妹二人で配信したら面白いって言ってたでしょ。これを期に、これからは自分の配信に妹さんを呼んでみたらどう?」


「それはもう勘弁してくれー」


 本日二回目の提案をため息混じりに否定すると、「えー、なんでよー」と委員長はクツクツと喉を鳴らした。その笑い声が戯れに僕の鼓膜をくすぐる。こらえきれなくなった僕は、つられてあははっと声を上げた。


 そのときふと自分が高揚していることに気がついた。内臓はそわそわとうずいていて、吐く息は熱を帯びている。心臓に手を当てると、鼓動の音がテンポのいいリズムを刻んでいた。

 ようやく達成感が湧き上がってきたらしい。隠れていたそいつに、いまさらかと笑みをこぼした。


  ◇


 就寝前。ベッドのなかでなんとなくチャンネル登録者数を確認すると、弾かれるように布団から飛び起きた。たった一回のコラボ配信なのにも関わらず、その数字はいままで見たことない伸びをしていた。


「コラボってすごい……」


 趣味の延長ということもあり、いままで数字を気にして配信したことはなかった。

 だが、こうして大きな変化を目の当たりにすると素直に嬉しかった。


 リスナーも楽しんでくれていたみたいだし、今後はコラボ配信に力を入れていこうかな。


 そんなことを思案しているうちに、いつの間にか上下の瞼はぴたりとくっついていた。全身の感覚が、夜の闇と一体化して宙を漂っていく。光が一切ない視界の奥から普段より濃度を増した眠気が押し寄せ、僕を明日へと連れて行った。


これにて第6章終わり。

初コラボが無事(?)に成功し、朝陽は興奮冷めやらぬって様子ですね。

明日から第7章!!

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