僕らの名は
【なんでおまえごときがあの事務所のVチューバーとコラボできるんだよ!】
【なあディーテ、おまえいくら払ったんだ? 誰にも言わないから教えてくれ】
【あてなちゃんとコラボできるとか実は結構すごいやつだったんだな】
【え、え、なんでなんで? どういうつながり??】
配信を開くと、予想どおり信じられないといったコメントであふれ返っていた。なかには織部あてなを知っている人もちらほら見受けられ、驚きを隠せていないようだった。
委員長と過ごす時間が増えたことで織部あてなが近い存在だと錯覚するようになっていた。でも、この反応を目の当たりにすると、やはり別次元の人だと思い知らされる。
「まあな」
自分も同等、もしくはそれ以上に驚いたのにもかかわらず鼻高々に答える。僕はずっと驚かされる側だったので、驚いてる側の人間を見るのは新鮮で楽しかった。
コラボの流れはこうだ。
開始時刻になったらまずは各々のチャンネルで配信を始め、少し時間が経ったら通話を繋げてゲームを始めるという形になっている。企画内容はもちろん委員長が考えてくれたものだ。
同時配信ということもあり、現段階でのコメント欄にはほとんど僕のリスナーしかいなかった。普段より少々熱に浮かされているようだが、慣れ親しんだノリがいまの僕には心地よい。今日は完全にアウェーになるものだと気構えていたけれど、その心配は必要ないようだ。
正面のモニターにはコメント欄と通話アプリが端に配置されていて、それ以外のスペースをゲームが大きく占拠していた。その中央には『マインクリエイト』とタイトルロゴがでかでかと表示されている。もう何十回も見たであろうタイトル画面には、もはや愛着を感じていた。
――初心者のリアクションが重要だから絶対予習はしないでね。『初見』っていうのは一度失ったら二度と手に入らない宝物だから。
打ち合わせ中、委員長からそう何度も釘を刺された。そのため、このタイトル画面より先の画面を僕はまだ一度も見たことがない。
とは言ってもインストールしてから今日に至るまで、好奇心がうずくたびに起動だけはしていた。その姿はさながら餌の前で「待て」とおあずけされた犬のようだっただろう。
この先はいったいどうなっているんだろうか。そんな妄想を繰り返していた日々ともう少しでお別れだと思うと、ちょっぴり名残惜しい。おそらくこのゲームのタイトル画面だけで数日間も楽しんでいた人間は、世界中探しても僕くらいしかいないだろう。
突然、空気を裂くような勢いで着信音がヘッドホンから流れた。けたたましい音が鼓膜に突き刺さる。とうとう来たのだ。織部あてなからの連絡が。
「お、かかってきた。みんな、いまから出るぞ!」
通話に出るだけなのに無駄に気合いを込める。リスナーもその宣言に【うおおおお】【いけ!】【やってやれ!】とノッてくれた。
『織部あてな』の文字が画面に表示されている。直前まで通話していた人と名前を変えて改めて話すというのは不思議な感覚だった。名は違えど相手はよく知る人物なのだ。普段の電話と同じ気楽さで通話を繋げた。
「もしもし、こんばんは! はじめまして、織部あてなです」
「は、はじめまして!」
芯の強い伸びやかな声が、ヘッドホンに覆われた耳朶を打った。動揺が喉を締め上げ、すっとんきょうな声が声帯を震わせた。
完全に勘違いしていた。
初コラボと言えど、相手は委員長だから大丈夫だろうと甘く見ていた。ところが、いま通話に出た彼女は委員長ではなく織部あてなだった。そしてそんなことを思う僕も、いまは彩風朝陽ではなくディーテという配信者だ。
そんな当たり前のことを忘れていた自分に、顔がカッと熱くなる。恥ずかしい。遅れを取り戻さなきゃと、慌てて息を吸い込んだ。
「こんばんは! ディーテと申すものです!」
焦りが声量のつまみを壊し、意図したよりも遥かに威勢のいいものになってしまった。空回りしたその声は選手宣誓かと思う程うるさく、残響が部屋に漂っているのがわかる。
【張り切りすぎだろwww】
【うっっっっさ!】
【緊張してて草】
【いつの時代の挨拶?】
容赦のないコメントに、やるせなさが積もっていく。身体中が燃えるように熱い。ヒリつく喉からはいまにも火が出そうだ。
「ふふっ」
回線の向こうで誰かが笑った。耳馴染みのよい柔らかな笑い声は、織部あてなではなく委員長のものだった。安心感が火照った身体を包み込み、徐々に火の勢いが落ち着いていく。織部あてなの声に戻して、委員長は言う。
「コラボ受けてくれてほんと嬉しかったです」
「いえいえ、こちらこそ誘ってもらって光栄です」
「今日は先生としてビシバシ指導するんで、覚悟してくださいね」
「どんと来いです」
こうして最高? のスタートダッシュを決めて、コラボ配信が始まっていった。
おまたせしました。
次話、とうとう「ヤツ」が出てきます。




