打ち合わせ場所で微笑むあのときの人
「委員長はどうやって僕が配信をしていることを知ったの?」
僕は織部あてなと違って人気があるわけじゃないため、関係ない人のおすすめに僕の配信が上がることはめったにない。三年の配信歴のなかで個人情報を言った覚えはないし、声が特徴的なわけでもない。だからこそ委員長がどうやって僕の配信にたどり着いたのかまったく思い浮かばなかった。
「それ聞いちゃう?」
もったいぶるように委員長は目を細めた。怪しげな光を放つその双眸に、全身の筋肉が一瞬で緊張する。彼女が息を吸うのと同時に、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
「彩風くん、この前オフ会開いたときハチ公前で待ち合わせしてたでしょ。私、あのときそこにいたの」
――は?
「彩風くんが妹さんと間違えて声をかけた人いたでしょ? あれ、私だったの」
初めは委員長がなにを言っているのかわからなかった。単語の一つひとつがバラバラに分解され、その響きはランダムに並ぶ五十音の羅列のようだった。
理解が進んでいくにつれて、心臓の動きが活発になっていく。突きつけられた新たな事実を完全に飲み込んだときには、もう言葉を失っていた。
ようやく平静を取り戻しつつあったのに、またしても自分の精神が僕から遠ざかっていく。
「まさか。そんな偶然……」
「ねっ。普通はそんなことあるとは思うわけないよね。だから私もすごくびっくりしちゃった。だって突然『ゴッドアフロさんですか?』なんて声をかけられて振り向いたら、目の前に彩風くんがいたんだもん。思わず『彩風くん』って名前言いそうになっちゃったし。ほんとすごい偶然だよね」
委員長が手元のパンケーキにフォークを突き刺す。光沢のある鮮やかな赤いソースが、窓から注がれる光によってその輝きをさらに増していた。ソースを丁寧に塗られたそれが彼女の口の奥へパクリと消えていく。
するとそのすぐあとに、閉じた唇から「んー!」小さな歓喜の悲鳴が現れた。その姿があさがおと重なり、委員長も若者が好きそうなスイーツが好きなんだ、と意外に思った。
だが、いまはそれどころじゃない。
「なんで黙ってたのさ。言ってくれればよかったのに」
「ほんとに? もしあのとき私が名乗ってたら、彩風くんもっと大変なことになってたんじゃない?」
どう? と委員長は僕の目をのぞき込む。整えられた眉がピクリと動き、口端が意地悪そうに吊り上がった。
もし委員長が名乗っていたら。
投げかけられたその問いに、あったかもしれない”もしも”の世界について考えてみる。
頭に流れていく架空の映像は、次第にその輪郭がはっきりしてくる。まるで現実かと見間違うほどの質感に、背筋がゾッと冷たくなっていくのを感じた。
確かに委員長の言うとおりだと思った。声をかけた女性が委員長だとわかったら、僕はかなり狼狽えていただろう。あのときの僕は彩風朝陽ではなく、完全にディーテとして存在していたからだ。
そして直後に起こる例の悲劇を考えれば、発狂してハチ公前から逃げていったのは、おそらくあさがおではなく僕だったに違いない。そうなればオフ会は崩壊し、あさがおとの仲直りもできなかっただろう。委員長の咄嗟の判断に頭が下がる。
「確かにそのとおりかも。助かりました」
「でっしょー」
委員長はニンマリとしたり顔を見せつけると、大きく口を開けて再びパンケーキを頬張った。綺麗なつくりをしたその輪郭に陽の光がまぶされ、元々の白がさらに強調されている。もぐもぐと軽快なリズムで上下する小さな顎は、まるで幸福を噛み締めているようだった。
待ち合わせからたった数時間の出来事で、僕のなかの委員長の印象はだいぶ変わった。
笑い上戸と思うほど常に笑みをたたえている顔つき。インスタ映えしそうなキラキラしたスイーツに輝かせている瞳。ちょっと褒められただけでドヤ顔を浮かべるところや、いたずらっぽく頬をほころばせてからかう茶目っ気。そのどれもが、学校で見せている穏やかな雰囲気からは想像できるものじゃなかった。
委員長は普段猫をかぶっていたんだろうか。だとしたらなかなかの名役者だと思った。
委員長はパンケーキを平らげると、そのままフォークを持った手で頬杖をついた。物思いに耽るようにその視線は窓の外へと向けられ、「はーあ」といかにも芝居がかったため息を吐き出す。
斜め前に向かれたその顔のなかで、黒目だけがキョロっとまっすぐに僕を捉えた。
「それにしてもほんとひどいよね。彩風くん」




